第14話 庚申堂(1)

 かなえは家に帰ってちょっとだけ宿題をしました。

 今日、下手へたに家を出ると、あのいじめっ子の男の子たちに会ってしまうかも知れません。

 ぐあいの悪いことに、かなえの家の前の芝生しばふの広場のすぐ向こうが学校なのです。こっちの門は正門ではないので、みんな正門から下校するならかまわないのですが、遅くまで残っている子たちがもしこっち側の門から出てきたら会ってしまいます。

 しかも、ここの広場は学校の子たちがよく遊び場に使う場所です。

 広場であの子たちに会ってしまって仕返しかえしなんかされたらいやなので、外に行くにしても少しあとにすることにしました。

 でも、今日は、おじいちゃんだけではなく、お父さんもお母さんも田んぼに行っています。家のなかではおばあちゃんと妹が遊んでいるので、家にいても落ちつきません。

 それで、算数の宿題で文章題を四題解いて、かなえは家の外に出てみました。

 外に出てみると、塀の外のひともとがしの下にだれかが立っていました。

 口を開いて、白い歯を見せて、自分の上におおいかぶさるひともと樫を見上げています。

 三枝さいぐさのぶでした。

 今日も、あの赤っぽいチェックの服と吊りスカートという服装です。

 かなえは、「なに、さっきの?」とも言わず、「さっきの、答え、思いついたんだ」とも言わず、ただ

「ああ、のぶ子」

と声をかけました。

 のぶ子は振り向きましたが、いつもどおり口をだらしなく少し開いて、赤ら顔で、あまり元気ではなさそうな顔をしています。

 「どうしたの?」

 かなえはそう声をかけました。

 のぶ子は、口の端をゆがめるようにして不器用に笑うと、ひともと樫を見上げました。

 「大きいねえ」

 「ああ」

 ひともと樫の話になるとは思っていませんでしたが、そちらのほうが気はらくです。

 「はなやまのひともと樫って言ってね。もう何百年も前からここにわってるんだ」

 かなえもひともと樫を見上げました。

 のぶ子がききます。

 「ずっと昔?」

 ひともと樫はさやさやと音を立て続けています。のぶ子のことばにもかなえのことばにもこたえるようではありません。それでかなえはかえって安心して話を続けられる気になりました。

 「うん。江戸時代とか。ずっと前だよ。それでいっぱいに枝が出てしげってるでしょ? それが立派なおうちみたいだ、って」

 「枝をはらったりしてないんだね。それでこんなに元気に育ってるんだね」

 「ああ」

 枝を払う、というのは、枝を切ることでしょう。

 たしかに、かなえの家の庭は、何年かに一回、植木屋さんに来てもらって、これでもかというくらいに枝を切り落としてしまいます。

 植木屋さんが来る前までいっぱい枝を伸ばしていた木が、太いみきだけが、ぼん、と立っている、ほんとうにかわいそうな姿になります。

 まだ小さいころ、なんでそんなに切るの、木がかわいそうじゃない、と言ったら、あのおじいちゃんは、いや、こうやってむだな枝を切ることで、木はかえって元気になって、長生きするんだ、と教えてくれました。

 そして、たしかに、次の年の夏になると、木は前と同じように元気にいっぱいに葉を茂らせたのでした。

 このひともと樫は、かなえの知るかぎり、一度もそうやって枝を切ったりはしていません。

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