第11話 山師(1)

 おじいちゃんにきいたことが役に立つ日がすぐにやってきました。

 あの日以来、三枝さいぐさのぶは、いつも眠そうにしていて、だれとも遊ばず、もちろん教室で先生の問いに手を挙げることもなく、ただ自分の机の前の縁ぐらいをじっと見つめて座っていました。だれともしゃべらず、先生に当てられて立ち上がっても、立ったまま何も言わないで黙っているありさまです。掃除当番のときにはみんなといっしょにぞうきんがけをし、給食当番に当たったときにはていねいにおかずの取り分けをやっていましたが、やはりあの赤ら顔のまま、そして唇をいつも少し開いて白い歯を見せたまま、ずっと黙っていました。

 だれかに話しかけられてもだまっていて、よほど経ってから「うん」とか「ちがう」とか言うだけです。女の子たちのなかには、最初はのぶ子と仲よくなろうとした子もいましたが、すぐに離れてしまいました。

 かなえといっしょに遊んでいる平太へいたという男の子が、のぶ子のことを

「あいつ、ほんとよくわからないな」

と言うこともありました。

 平太というのは、おとなしい子で、頭もいいのですが、なぜか点数はよくなくて、学年でのリーダーとかになりたくてもなれない子です。かなえとは幼稚園もいっしょだったし、小さいころからよくしゃべるのですが、最近はなんか言うことがひがみっぽくていやだな、と思うことがあります。

 このときも、のぶ子のことをそんなふうに言ってはいけない、と言わなければいけないと思いましたが、かなえは黙って、あいまいに平太たちといっしょに笑いました。

 たしかにのぶ子はかなえにとってもよくわからない子だったのです。

 そして、その日、いつものように始業前にのぶ子がやってきて、座っていると、男の子が五人くらいかたまってのぶ子のところに寄って来ました。

 先頭は声も大きくやることも荒っぽく先生の言うことはきかない甲助こうすけで、後ろについているのはその甲助といつもいっしょにいるお調子者の圭助けいすむです。その後ろに平太もいました。

 みんなふだんはかなえともいっしょに遊ぶ子たちですが、ひとの弱いところを見つけると、すぐにからかったりいじめたりしようとするのがいやなところです。

 いちばん声が大きくてよくしゃべる甲助が、のぶ子の机にぽんと手をついて、わざと顔をゆがめて言いました。

 「おい。おまえのお父さんって、山師やましなんだってな」

 のぶ子は、はっと息をのんで、顔を上げ、甲助の顔を見ました。じっと見つめました。

 甲助はますます顔をゆがめ、意地悪く笑って見せました。

 圭助が言います。

 「おい、その山師ってなんだよ?」

 「あぁ?」

 甲助が、のぶ子がおそるおそる自分を見上げている目線からわざと顔をそらせて答えます。

 「地下にお宝が眠ってます、って言って人をだます商売だよ。サギ師の一種さ。ひどい商売だよ」

 「なんだよ」

 圭助がつづけます。

 「しげんちょーさ、とか言うから、せっかくかっこいいと思ってやったのに」

 そして、甲助の横から、腰をかがめて、おびえているのぶ子の顔の前に自分の顔を突き出しました。

 のぶ子はびりびりっと体を動かしましたが、もう顔をそらすこともできないようです。

 顔を突き出した圭助は、のぶ子の顔の前で

「やーい、山師の子」

と言いました。そして、のぶ子の顔をなめるように自分の顔を上に上げて、自分の鼻息をふうっとのぶ子の顔に吹きつけました。

 のぶ子の顔の前の、下に垂れたほんの数本の毛と、上に反り返った毛が揺れます。

 のぶ子はそんなことをされても黙っています。声も出ないのかもしれません。

 男の子たちはいっせいに笑おうとしたようです。でもその前にかなえが立ち上がりました。

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