第7話 幸いの草(2)
「そうだ。それで、百合の花を横から見たとこ、絵に描くときのこと、考えてみろ? 先のほう、三つに分けて描かなぃか?」
「うん?」
かなえは、おじいちゃんが掃いたばかりの地面に、赤い靴の
たしかに、横から描くと、先を三つに分けるのがよいようです。二つにするとへんになりますし、四つとか五つとかに分けるとたこさんウィンナーみたいになって、やっぱりへんです。
ほんとうの百合の花びらは、もっと枚数が多いだろうと思うのですが。
それで
「そう言われれば、そうかな」
と、かなえは大人っぽい言いかたで答えました。
「でも、さいぐさ、って、先が三つに分かれてる草、っていう意味?」
だいたい、百合というのは草なのでしょうか?
よくわかりません。
木ではないと思います。
お母さんが作る茶わん蒸しに「ゆり」というのが入っています。あれはその百合という花の根っこということです。だったら、あれは草なのかな? 木の根ならば硬くて食べられないでしょうから。
でも、やっぱりわかりません。
「いや、それは昔からある言いかたで、よくわからなぃ」
おじいちゃんは答えました。
「でも、「さいぐさ」の「さい」っていうのは、たぶん、昔は「さき」だったんだな。それが「さい」とか「さち」とかになったんじゃなぃか?」
よけいにわからなくなりました。
「さき、とか、さち、とか?」
「さき」とか「さち」とかいうと女の子の名まえのようです。
「うん。だから、その、さき、とか、さい、は、さいわいな、とかいうときに使う言いかただな。さいわい、ってことばは、昔は、さきわい、って言ったんだ」
「昔は」と言われても、かなえは昔には生きていないのだから、確かめようがありません。
「ほんとに?」
「ああ」
確かめようがないので、きいてみます。
「じゃあ、どうして、さきわい、が、さいわいになったの?」
「ああ。かなえ、おまぇ、「さきわい」って言ってみ?」
「さきわい」
「もう一度」
「さきわい」
「もう一度」
「さきわい」
「よく三度もまちがわずに言えたな」
「うひひっ」
ちょっと得意になります。
「でも、かなえ、さき、って言うときに、言いにくくなぃか? 口のなかで、舌を前のほうから上の後ろのほうに急いで持ってこなぃといけなぃだろ?」
「うぅん? さ、き? 別に言いにくくないよ」
「もっと早く言ってみろ」
「さ、き、さき、さき。言えるよ?」
「じゃ、もっと早く」
おじいちゃんは自分はいっこうに早くない言いかたでそんなことを言います。
「さき……さき……さき……」
かなえは早口で繰り返しました。そうすると十回ぐらい言ったところで、「さき」と言えず、「さひ」と「さしゅ」と「さい」を混ぜたような音になりました。
たまたま言い間違っただけじゃないか、と言いわけしてもよかったのです。学校の教室ならばそうしていたでしょうけど、いまは
「ほんとだ」
と言ってみました。そうならないためならゆっくり話せばいいじゃない、と思うのですが、それも言わないことにしました。
「そうだろ? それで、長ぃあいだに、さき、が、さい、になったり、さち、になったりしたんだ。だから、さいぐさっていうと、さいわいな草、ラッキーな草、しあわせになれる草。そんな意味だな」
「へえっ! 百合ってそうなんだ!」
かなえは感心してしまいました。
百合というのは幸せの草だったのです。
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