第6話 幸いの草(1)

 かなえが家に帰ってみると、おじいちゃんがあの花山戸はなやまどのひともとがしの下で落ち葉を掃いていました。

 かなえの家は六人家族です。

 お父さんは鉄道線路が富沢とみざわがわを渡る大鉄橋のすぐ手前、ハムとかをつくる工場の会社に働きに行っていますし、お母さんは商店街の坂の途中にある「信用金庫」というところで働いています。「信用金庫」といっても、「金庫」があるだけではなくて、銀行のような仕事をしているのだそうです。

 その「金庫」の銀行のような仕事でお母さんがお父さんの会社に何度も行っているうちに二人は仲よくなって結婚したのです。

 かなえの家は桜町さくらまちに田んぼも持っていて、そこでお米を作っています。そこを耕すのがおじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんの仕事です。でも、おばあちゃんは体が弱く、お父さんとお母さんは仕事があるので、ふだんからその田んぼに行くのはおじいちゃんの役割になっています。

 もう一人は妹で、赤ちゃんのころは昼でも夜でも大声で泣くのでいやだと思い、少し大きくなってかなえといっしょに歩くようになると妹がいるのは楽しいと思っていたのですが、最近はなまいきになってきたのでまたちょっと憎らしくなってきたところです。

 今日は、おじいちゃんは、かなえより早く家を出て田んぼに行っていました。それでもう帰ってきていたのです。

 おじいちゃんはお父さんやお母さんからは「気むずかしい」と言われています。

 「気むずかしい」というのは、ふだんから不機嫌そうに見えて、何に怒るかわからない、という意味のようです。

 でもかなえはそうは思いません。

 ただ怒るとこわいのはたしかです。前にかなえが妹とけんかしてご飯を途中でやめて出て行ったとき、おじいちゃんは怒って、かなえと何日も口をきいてくれませんでした。

 おじいちゃんはとてももの知りです。お父さんやお母さんは、かなえにいいかげんなことを教えないでください、と言っているみたいなのですが、おじいちゃんのお話はかなえにとってとてもおもしろいのです。おじいちゃんを怒らせるとそのお話をきかせてくれなくなるので、かなえは最近はおじいちゃんを怒らせないようにお行儀ぎょうぎよくするようにしています。

 今日も、かなえは、そのおじいちゃんに、三枝さいぐさのぶという転校生が来たことを話し、みょうじは三つの枝と書いて「さいぐさ」でいいのか、ということをきいてみました。

 おじいちゃんはすぐに

「ああ。それは「さいぐさ」だな」

と答えました。

 「えーっ?」

 かなえはじっさいに驚いている以上に驚いて見せました。

 「どうして三つの枝でさいぐさって読めるの?」

 「漢字を読んだんじゃなぃ。まず、さいぐさ、ってことばがあって、それの意味にあわせて漢字をあとからつけたんだ」

 「うん……」

 その説明ではまだよくわかりません。

 おじいちゃんは、ほうきを二‐三回動かしてから、つづけました。

 「さいぐさっていうのは、野山に咲く百合ゆりのことだな」

 「百合?」

 百合ならば、知っています。

 家の周りにはないので実際に見たことはあまりありません。ときどき仏様に供えるお花のなかに入っているのを見るくらいです。

 でも、どんな花かは、だいたいわかります。

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