第5話 転校生(2)

 みんなで朝のごあいさつをしたあと、先生は

「さいぐささん」

と声をかけ、その転校生に前に出てくるように言いました。

 転校生は、ぐずぐずと立ち上がり、まゆを寄せて、うつむいて先生のところまで行きました。

 かなえはふと「がんばれ」と心のなかで思いました。すると、転校生は、少しだけ斜め後ろに目をやって、かなえを見るようなしぐさをしました。

 もっとも、ちょっと顔を動かしただけなので、かなえの顔は見えていなかったかも知れません。

 先生は、黒板に「三枝のぶ子」と書き、転校生に自己紹介するように言いました。

 のぶは、顔を上げると、何か言おうとふっと息を吸って、前を見たままぶるぶる震えて、何も言えないでうつむいてしまって、でもまた力を入れて顔を上げて、というのを三回繰り返しました。

 かなえはたまらなくなって

「その子はさいぐさのぶこだよ」

と声を立てようかと思いました。そうしなかったのは、先生がその子に自己紹介するように言ったからで、かなえに紹介してあげなさいとは言わなかったからですが、もうひとつ、理由がありました。

 名まえをききまちがえたかな、と思ったからです。

 「三枝」という字と、さっききいた「さいぐさ」というみょうじとが、違っているのでは?

 そう思ったとき、のぶ子がいきなり

「さいぐさ、のぶこ、ですっ!」

と、うわずった大きい声で言いました。

 「え、じゃないの?」

 いきなり言ったのは、休み時間も授業中もよくしゃべる甲助こうすけです。それをきっかけに男の子たちがざわざわ言い始めました。

 「いや、だろ?」

 「とか、とか?」

 「わかった、、だ」

 「ちょっとしずかにしなさいよ」

と、学級委員の菊子きくこが言っているのですが、男の子たちはききません。

 三枝さいぐさのぶ子は目を細くして泣きそうな顔になると、そのままうつむいてしまいました。

 おなかの前で組んだ両手までまっ赤です。

 ざわつく教室を見て、先生が黒板の「三枝」という字に「さいぐさ」とふりがなを振りました。

 「え? ほんとにさいぐさって読むの?」

 「先生、字、まちがってるんじゃなぃ?」

 三枝のぶ子はいよいよその場に立っているのがつらいという感じでうつむいて肩をぶるぶる震えさせました。泣き出すかも知れません。

 先生が、それで、のぶ子にそれ以上の自己紹介をさせるのは無理と思ったのでしょう。

 「いえ。この字でいいんです。三枝さんのお父さんは、資源を調査する仕事をしていらして、この地方の地下にレアアースという資源がないかを調べるために、この街にやっていらっしゃいました。みなさん、仲よくしてくださいね」

 「はあい」

 子どもたちは声をそろえて答えました。そのあとに

「資源を調査とかかっこいい!」

という声もまじりました。お調子者の圭助けいすけの声です。

 でも、みんな、ほんとうにこの子と仲よくやっていく気があるのかどうか、かなえは疑問でした。

 やっと先生から許してもらって自分の席まで帰ってきたのぶ子を見て、かなえも安心しました。

 さっそくうつむいてしまったのぶ子が、ちょっとだけ顔を上げて、かなえを見たのがわかりました。

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