第21話 『威吹山』

 漢那と空の背を見送ってから、ユウは他の皆と合流した。

 ミツキも空と同じように固まっていたが、別段取り乱す様子はなく、ただ紗雪と行動を共にしていた。


「美弥さん——は、無事なようですね」


「わざと、ね。ここの被害は、どうやら妖憑が原因らしい」


「妖憑…!」


「美弥さんが聞いたらしい。わざわざ名乗って行くなんて」


 手近に見つけた、あまり汚れてはいない瓦礫の上に美弥を寝かせつつ、ユウが答える。


「ええ。私たちを嘲笑い、楽しんでいるのでしょう。悪戯にこれだけの命を奪うなど、癪に障る存在ですね」


 唇を強く噛み、紗雪は怒りの色を露わにする。

 一行を誘い、楽しんでいるのは明白だった。

 被害箇所が目指す先である東方第一監視所であること。

 わざわざ癒術師である美弥だけを残したこと。

 ざっと見て回っている中で気付いた、戦闘に加わらない妖に限って不必要に嬲られ殺されていたこと。


「そう言えば、空くんはどこへ?」


「漢那が見てくれているよ。これだけ凄惨な現場を目にしただけでなく、トコさんの姿だってないんだから」


「……何とかして生きている、などということは——」


「ないだろうね。あの人は、僕が最後に見た数年前から、既に立ち歩くのも難しくなっていたような身体だ。逃げることは元より、そんな身体を担いでくれる妖がいたとしても、まず間違いなく格好の餌食だ」


「そう、ですよね……」


 心苦しい話ではあるが、その言葉は論理的だった。


「生かし方は憤慨ものだけど、美弥さんだけでも生きていてくれて助かった。調査は終了だ。妖憑も片付けたいところだけど、今は早いところ桜花に戻ろう」


「ですね。分かりました。ミツキ、また暫く歩くことになりますが、大丈夫ですか?」


「う、うん…! わたし、だいじょぶだよ」


 ミツキは、些か弱った声音で返事をした。


「雪姉には悪いけど、美弥さんをおぶるのは任せてもいいかな? 妖魔や獅子なんかの動物に遭った時、戦闘に参加するのは極力僕と漢那だけに任せて欲しい。雪姉が手を出すのは、本当に必要な時だけにしたい」


 その言葉の真意は、とても分かり易いものだった。

 岩窟での一件があったのも助けて、否、それがなくとも、紗雪が気付かない訳がない。

 しかしてそれは、ユウの優しさと己への厳しさから来るものだとも分かっている。

 素直に甘えてしまうのも気が引ける。


「ユウ、私は——」


「あっ、ソラがいなくなった…!」


 ふと、ミツキが思い立ったように声を上げた。

 ぼーっとしていた所為か、その姿がないことに、今の今まで気付かなかったのか。


「ミツキ、空は漢那と一緒にいて——」


「ちがうの、ユウ…! ソラがいなくなったの! カンナが、あぶないの…!」


 あまりの剣幕に、ユウはのっぴきならない事情なのだと悟った。

 元が妖魔であるミツキは、その特性が残っているのなら、本能的には妖の妖気というものを感じ取れる道理。

 妖が妖魔の妖気を察知できるように、ミツキにだって妖の妖気を察知出来るのだろうと気付くと、ユウは悪い予感ばかりが募った。


「雪姉、君はミツキを——って、おい、ミツキ…!」


 何も言わず、監視所の外へと駆け出すミツキ。

 その背を追おうとした矢先、腕を掴まれ、勢いを殺された。

 視線を寄越した先の眼下では、横たわりながらこちらに目をやる美弥の姿。


「『威吹山いぶきやまに帰る』と言ってました……件の妖魔は、きっとそこに」


「威吹山……分かった、ありがとう美弥さん。雪姉は美弥さんと一緒にいてあげて。僕が行って来る」


 短く言うと、ユウはすぐに全速力で駆け出した。


「分かりました。ユウ、くれぐれも気を付けてくださいね…!」


「すぐに戻るよ…! ゆっくり身体を休めてて…!」


 受けた傷がある程度塞がっていることなど、見れば分かるというのに。

 自分のことより他人を優先する性格は、優しいなと思う反面、やはり危うくもある。

 願わくはこのまま何も起こらずに、無事皆で帰って来て欲しいものだ。

 手を組んで強く祈ると、紗雪は横たわる美弥の元へと跪いた。

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