第49話


「上山君、おはよ」


 朝。

 いつもより明るい様子で冬咲が迎えにきてくれた。

 

 その姿に俺はつい、ドキッとしてしまう。

 なぜなら。


 俺と冬咲は付き合ったから。

 今、ここにいるのはただの同級生でもお隣さんでも幼馴染でもなんでもなく。


 俺の彼女なのだ。

 人生初彼女。

 それも、学年で評判になるほどの美人な……いや、他人の評価なんかどうでもいい。


 俺がはじめて好きになった子と、こうして付き合えるなんてほんと、夢みたいな話だ。


 

「おはよう冬咲。ええと、学校いこっか」


 とはいえ、まだ付き合ったばかりだ。

 あまり慌てて距離を縮めようとしたり、変に彼女に求め過ぎると嫌われてしまうかもしれない。


 今まで通り、普通に……ん?


「上山君、手」

「手?」

「つ、つなぐ」

「え、え? で、でも」

「いやなんだ。いちごがいいんだ」

「い、いちご?」

「やだ。繋ぐ」

「う、うん」


 差し出された手を恐る恐る握ると、彼女の手の柔らかい感触が指先から伝わってくる。


 はじめて、女の子に触れた。

 その感動と突然の事態に対する動揺で俺はどうしてこうなったかまで頭が回ることなく。


 どういうわけか、俺は冬咲と手を繋いで登校することになった。


 そして。


「おい見ろよ、あれって冬咲じゃないか?」

「え、彼氏いたの? うわー、積極的ー」

「いいなあ、ラブラブじゃんか」


 学校の近くまできて、周囲の生徒たちが騒ぎ出してようやく、目が覚めた。


 な、何をしているんだ俺は? 

 いくら彼女といっても、手を繋いで登校なんてさすがに恥ずかしすぎるだろ。


「ふ、冬咲、あのさ、やっぱりこれは」

「嫌なの? いちごがいいんだ」

「だ、だからなんの話?」

「嫌なの?」

「……嫌なもんか」


 嬉しすぎて死にそうなくらいだ。

 好きな子にここまで求めてもらえて、手を繋いで歩けるなんて幸せという他に何があるか。


 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 せめて人前ではどうにかならないかと、言い方を考えていると。


「……このまま、教室行ってくれないと嫌いだと見なすから」


 そう言われて、俺は諦めた。


 そして、諦めたついでに彼女の手をぎゅっと握り返すと、冬咲はようやく静かになった。


 ああ、彼女がいるってこういうことなのか。

 なんか、昨日までと全然景色が違う。


 幸せだ。

 でも。


「うわー、あっついねー」

「二人だけの世界ってかんじねー」

「ひゅー」


 周囲の冷ややかな視線や乾いた笑い声を聞くと思う。

 

 俺、このまま友達はできそうにないかな……。

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