第33話


「はうう……早く着きすぎてドン引きされちゃう。どうしようさくら」

「だからって朝の五時から電話しないでよ。適当に時間潰してたらいいでしょ」

「でも、早く会いたい」

「じゃあ早く行きなさいよ」

「でもでも、朝の五時から会いにくるとか怖くない?」

「怖い。ドン引きだわ」

「あうう……」


 正確には朝の四時過ぎから。

 ずっと私は上山君の家の前にいる。


 早く会いたい気持ちと、早く学校に行かないと行けないという義務感と、家でいちごに遭遇したくないという現実逃避から早くに家を飛び出したのだけど。


 なんにしても早すぎた。

 流石の私でも、上山君にドン引きされることくらい予想はできる。


 どうしよう、ほんと。

 さくらにも電話切られちゃったし。


「……ラインだ」


 上山君から連絡がきた。

 

「……もしかして、私が着いたことバレてる?」


 上山君の部屋がある二階を見上げると、窓が空いていた。

 もしかしたら見られたかもしれない。

 どうしよう、死ぬ。


「……もう少し時間空けてからこよう」


 私は一度家を離れた。

 

 そして三十分くらい、彼の家の周りを徘徊していた。



「……おはよう」


 ラインをしてから三十分ほど経って、冬咲が家にやってきた。

 とはいえ、起きた時間が時間なので待ったとはいえそれでもまだ朝の五時半過ぎ。


 今から学校に行くのか?


「冬咲、ちょっと早くないかな?」

「そう、だね」

「ええと、お茶でも飲んでいく?」

「……ううん、学校行く」

「そ、そう? じゃあ、いこっか」


 気のせいだろうか、冬咲の頬が赤い気がする。

 走ってきた、というわけでもなさそうだけどちょっと疲れてる?


「なあ、無理してないか? 体調悪いなら休んでも」

「ダメ。いち……お姉ちゃんに呼ばれてるから」

「お姉さんに? なにかあったの?」

「わからない。でも、いかないとまずいから」


 辛そうに呟く冬咲の様子を見る限り、姉妹の序列というのはかなりしっかりしたものがあるのだろう。


 でも、そんなに怖そうな人に見えなかったけどなあ。


「あー、さすがに誰もいないなあ」


 とぼとぼと歩いて学校に着いたのは朝の六時。

 まだ朝練組の運動部さえ来てない。

 入っていいのか躊躇うほど静かな校舎に、それでも冬咲はズカズカと向かっていく。


 そして、


「こっち」


 教室と反対側の校舎へ向かいながら俺を手招きする。

 

「え、どこ行くの?」

「だから生徒会室。呼ばれてるから」

「俺もいくの?」

「うん。早く」


 てっきり、呼ばれてるのは冬咲だけだと思っていたがなぜか俺も呼び出されているらしい。


 一気に不安になってきた。

 一体何を言われるのだろう。

 まさか、妹との関係を疑われてあれこれ言われるんじゃないだろうな。

 

「……ここ」


 西側の校舎の三階の奥。

 この辺りは生徒会や風化委員の部屋などが固まってあるところで、一般生徒は普段は立ち入ることもない場所。


 それに早朝とあって、まるで人気がない。

 恐る恐る扉を開ける冬咲の固い動きに俺も緊張してしまう。


「失礼します」


 二人でそろっと部屋に入ると、一番奥に置かれた教壇の奥に、見覚えのある人影が。


「あら、早かったわね雪乃。それに、上山君とやらも」


 冬咲の姉であり、この学校の生徒会長でもある冬咲いちご。

 ピシッと着こなした制服姿が凛々しく、前に会った時より大人びて見える。


「……何の用事なの、いち……お姉ちゃん」

「二人に来てもらったのは大切な話があるからさ。ほら、そこに座って」


 ニコニコしながら手前のソファに俺たちを案内する。

 言われるまま俺たちは並んで座る。

 すると、その向かいに生徒会長が腰掛ける。


「……」


 俺たちを見ながらニヤつく彼女に、俺は緊張しっぱなしで声がでない。

 隣の冬咲もさっきからずっと固まっている。

 

 そんな沈黙はどれほど続いただろう。

 やがて、生徒会長が見かねたように口を開いて。


 こう言った。


「二人とも、生徒会に入りなさい」



 

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