第31話

「……」

「……」


 帰りたくない。

 その一言を放ったあとの記憶はあまりなく、私は気がつけばなぜか上山君の家にいた。


 リビングで二人、向かい合って気まずい空気でいる。


 そしてどうしてこうなったのかを思い出す。

 

 確か、上山君があちこちと行き場所を提案してくれたのに私は全部首を横に振って。

 それじゃあ、いやじゃなかったら家に来る? と、言われてすぐに了解した。


 いや、もう言わせてるようなものだ。

 女の子から家に押しかけるとか、やばい奴だ。

 絶対上山君もそう思ってる。

 その証拠に、さっきから気まずそうにして何も話してくれない。


 ううっ、帰りたい。

 でも、帰りたくない。


「……あの」


 長らくの沈黙を破ったのは上山君だった。


「冬咲、もしかしてお姉さんと喧嘩でもした?」

「え? そんなこと……ううん、した」


 何の話? と思ったけど、上山君の勘違いがチャンスだとすぐに気がついた。


 そういうことにしておけば帰りたくないという理由になる。

 うん、いちごには悪いけど悪者になってもらおう。


「あの、お姉ちゃんと……気まずくて」

「そっか。でも、嫌いじゃないんだろ?」

「も、もちろん。普段は仲良い、から」

「それなら早く帰って仲直りしないと。何があったか知らないけど向こうもそうしたいに決まってるって」

「あ、いや、ええと」

「それなら送っていくよ。兄弟喧嘩って、俺は兄弟いないからわかんないけど喧嘩したままはよくないから」

「あ、ええと、それは……」


 まずい、帰らされる。

 帰りたくないのに。

 ど、どうしよう……そ、そうだ。


「あの、お姉ちゃんには今電話する、から」

「直接会ったほうがいいんじゃない?」

「そ、それは……さすがに気まずいし」

「うーん、それもそうかな。うん、じゃあ電話しなよ。大丈夫だって、お姉さんもきっとわかってくれるって」

「う、うん」


 とりあえずセーフ。

 でも、どうしよう。

 私、いちごと喧嘩なんかしたことないし。

 ていうか、私が雑魚すぎて相手にならないというか、同じ土俵であのコミュ力お化けと勝負なんかできるはずないし……だけど電話しないと変に思われるし。


「……あ、もしもしいち……お姉ちゃん?」

「何よ気持ち悪い電話ね。まあ、あんたから電話なんて大体察しがつくけど」


 いちごに電話をかけると、すぐに出てくれた。

 でも、どこか不機嫌だ。


「あ、あの。と、とにかくごめんなさい」

「この前の男の子と一緒でしょあんた。私を使うのはいいけど嘘はほどほどにしなさいよ。すぐバレるんだから」

「あうう……」

「ま、いいわ。とりあえず帰ったら話聞かせてね。んじゃ」


 淡白に電話を切られた。


「……」

「冬咲、もう仲直りできたのか?」

「う、うん」

「そっか。ならよかった。でも、今日は暗くなる前に帰ったほうがいいよ。送っていくからさ」

「……うん」


 付き合ってるわけでもない。

 仲が良いわけでもない。

 だから、そんな女の子と二人でいても楽しいはずがない。


 わかっていたことだけど、わかりたくなかった。

 上山君が私のことを好きなら、もっとずっと一緒にいたいと思うはずだ。

 でも、そうじゃない。

 私はただの知り合い。

 帰ろう。

 迷惑かけたら悪いし。


「帰る」


 私は泣きそうなのを必死に堪えて立ち上がった。

 そして彼と一緒に家を出ると、外はすっかり暗くなっていた。





 

 

 

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