第30話


「うわ、人がいっぱいだ」


 二階に上がってすぐのところに見えるフードコートの中に入ると、広い店内のあちこちに行列ができていた。

 

「冬咲、足痛いなら座って待ってても」

「行く」

「む、無理はしないでくれよ?」

「だいじょぶ」


 ぎゅっと強めに手を握られた。

 食べるものくらい自分で選びたいってことか。

 まあ、同級生なのに子供扱いは失礼だな。


「で、何たべたい? ラーメンとかハンバーガーとか色々あるし、クレープなんかも」

「……あのカツ丼の店」

「カツ丼、好きなの?」

「まあ」


 そっけなく返事しながらも、冬咲は俺を引っ張るようにカツ丼売り場の列へ向かう。


 よほど好きなのかなと、冬咲の方を見るとしかし彼女が見つめていたのはなぜか隣のハンバーガーショップ。

 あっちの方がいいのか?


「あの、食べたいもの他にあるなら好きに言ってくれても」

「カツ丼」

「そ、そうなの?」

「うん。上山君はここ以外がいいの?」

「いや、別に……」


 手を繋いだまま列に並ぶ。

 しかし冬咲は、やっぱり他の店をジロジロと見ている。

 列が前に進んでいっても、カツ丼に興味すら示さない。


 まあ、元々表情豊かなタイプでもないからいつも通りなのかなと。

 勝手に納得しながらカツ丼を二つ注文して、二人で空いている席を探しに行った。



「……」


 隣のハンバーガーショップの店員さん、上山君を見てた。

 それに奥のクレープ屋の店員も。

 なんかちょっと可愛いし、きっと上山君が注文しにきたらナンパすると思う。

 あいつも、あいつだって、そいつもきっと。

 女はみんな私の敵だ。

 上山君を狙う卑しい獣だ。


 カツ丼なんて別に好きじゃないけど、ここしか男の店員さんの店がなかったんだから仕方ないじゃん。

 なんでご飯やさんの店員さんって女の子が多いの?

 みんな上山君を待ち伏せしてるの?

 ムカつく。

 お前らが作ったものなんて上山君の口には入れさせないんだから。


「どうした冬咲? カツ丼、冷めるぞ?」

「あ、うん。いただきます」


 息巻いている私は同時に少し凹んでいた。

 さすがに手を繋いだまま食事とはいかず、せめて隣に座りたかったのだけどそれもできず。

 結局私と上山君の手はここで一度離れ離れに。

 そして向かいに座ることとなった。

 ショック。

 せっかく繋いだ手が解かれちゃった。

 ご飯なんかいらないからずっと繋いでいたかった。

 ああ、食欲ないなあ。

 カツ丼、重たいなあ。


「……」

「んー、やっぱりチェーン店の味って感じだな。冬咲、今度うちの近くの美味しいカツ丼紹介しようか?」

「……上山君の家の近く?」

「う、うん。個人でやってるから綺麗な店じゃないんだけど」

「……行く」

「ほんと? なら、また次の機会に紹介するよ」

「……うん」


 カツ丼を食べながら私の頭の中はぐるぐるフル回転。

 私のことをカツ丼好きな卑しい女だと思ってるのかと不安にもなるし、反面、私に行きつけのお店を紹介してくれようとしてることへの嬉しさも込み上げる。


 でも同時に、そのお店には他の誰かと行ったことあるのかなとか、そのお店の娘が上山君と幼馴染だったらとか、変なことばかり頭によぎる。


 嫉妬が消えない。

 だからちゃんと確認して、彼のことを知ってそう言う気持ちをかき消したい。

 だけど見るのが怖い。

 私が嫌だと思ってしまう現実がそこにあるかもしれない。


 ううっ、食欲ない。


「冬咲、お腹いっぱい?」

「……うん、まあ」


 だめだなあ私。

 こんなに優しい彼を疑ってしまうなんて。

 上山君、優しい。

 ほんと、好き。


「もしかして、嫌いだった?」

「ううん、好き」

「そ、そう?」

「うん」


 結局、カツ丼は残した。

 そんな私に上山君は何も言わず、あたたかく見守ってくれていた。


 そして店を出て、そのままショッピングモールを後にした。


「さてと、病み上がりだしもう帰る?」


 とりあえず家の方へ歩きながら上山君にそう言われた。


 その言葉が私のことを思っていてのことだとわかっていても辛い。

 もう、一緒にいたくないんじゃないのかとか、変なことばかり考える。


 でも、このままじゃだめだ。

 言わないと。

 私。


「……帰りたくない」

 


 

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