第29話


「だ、大丈夫か冬咲?」

「……うん」


 今、とんでもない事態に発展している。

 いや、そんな大袈裟な言い方をすれば拓真なんかは「普通だろそんなの」と笑うかもしれないが。


 冬咲と手を繋いで歩いてる。

 もちろん、気持ちが通じ合ってとか、そういうんじゃなくて彼女が弱っているのと再び迷子にならないためにという理由からなんだけど。


 やばい。

 語彙力が崩壊してる今、なんと言ったらいいかわからないけどとにかくやばい。

 女の子の手って、こんなに柔らかいんだ。

 少し冷たいけど、その奥にじんわりと感じる体温が俺に直接伝わってくる。


 それに、手を離すタイミングがわからない。

 ずっとこのままでいいのか、それともここを出たら自然と離れた方がいいのか、そもそも今のこの状況を彼女がどう思っているのかさえ。


 わからない。

 ただ、まださっきのことが怖いのかずっと強く俺の手を握ってるから、無理に離す必要もないか。


「あの、そろそろ服屋のあたりに着くけど」

「……うん、よかった」

「で、買いたいものとか決まってるの?」

「服」

「いや、まあそれはそうだけど」


 言葉少なく答える彼女に戸惑っていると、彼女が足をとめた。


 子供服の店の前だった。


「あの、ここって子供服だけど」

「うん、そうだね」 

「子供服、ほしいの?」

「……ちょっと、気になる」

「んーと、冬咲って弟とかいるの?」

「……姉だけ、だけど」

「そ、そう? それならどうして?」

「……」


 無言になった冬咲は、俺の手を引いて店の中へ入ろうとする。

 どうしても子供服が見たい理由があるようだ。

 もちろんその理由はわからないが、別に変な店に入るわけでもないのでそのまま彼女についていく。


 もちろんだけど、店の中には若い夫婦や小さな子供を連れた女性しかいない。

 高校生カップルがくるところではないのは間違いない。

 その証拠にさっきから店員や他の客からジロジロ見られてる。

 落ち着かないなあ。


「なあ冬咲、やっぱり出ようよ。ここはちょっと」

「……もうちょっと」

「ち、ちなみにお目当ての商品とかってあるの?」

「まだ、わからない」

「……そ」


 じゃあなんで来たんだよって聞きたかったけど、聞けなかった。

 なぜかといえば、冬咲が小さな服を見ながら少しだけ目尻を下げて嬉しそうにしていたから。

 時々、「可愛い」と呟く冬咲を見ていると、多分だけど彼女は子供が好きなんだろう。


 もしかしたら知り合いの子供とか兄弟とかにプレゼントしたいのかもしれない。

 子供好き、か。

 ちょっと意外だけどそういうのっていいな。

 やっぱり冬咲は、口下手なだけなんだ。

 ……付き合ってあげようか。


「もう少し見てまわる? 時間なら大丈夫だから」

「……どれがいいとか、ある?」

「え? んーと、それは男の子か女の子かによるけど」

「……じゃあ、男の子」

「それなら……これとかはかっこいいなって思うけど」

「……そだね」


 不意に。

 冬咲が少しだけ笑った、気がした。

 気のせいかもしれないが、少し口元が緩んで、目つきも普段より穏やかになったような。

 その横顔が、可愛すぎて。

 俺はただただじっと。

 

 子供服を穏やかに見つめる冬咲に見蕩れていた。



「……」


 子供服、可愛い。

 それに、私たちのこと、みんなが見てる。

 店員さんも、隣の妊婦さんも、家族連れの人たちもみんな。


 高校生なのに夫婦だと、思われてるのかな。

 ドキドキする。

 お腹とか、さすっちゃう。

 早く子供服、買いたいなあ。


 上山君は男の子がいいのかなあ。

 それとも女の子? ううん、どっちでもいいよって言ってくれそう。


 あー、幸せ。

 絶対訳ありの高校生カップルだと思われてるー。

 ゾクゾクする。

 

「……これも、可愛い」

「これは女の子の服だね。なんか冬咲が小さい時に着てそうだね」

「うん」


 うんうん。

 上山君もなんか乗ってきたかも?

 もしかして上山君も、早く子供欲しいのかな?

 えへへ、私はすぐにでも専業主婦になるよ。

 

「冬咲、そろそろご飯いかない?」

「……お腹すいた?」

「いや、お腹すいたのかなって」

「……満たされたい」

「じゃあ、二階のフードコートに行く?」

「……うん」


 私の気持ちに気づいてもらえなくてちょっとトーンダウン。

 本当はお腹が空いてるんじゃなくて。

 上山君で満たしてほしいんだけど。

 そんなはしたないこと、私から直接は言えない。

 誰にでもそんなこと言ってる女だと思われたくないし。

 

 ダメダメ、また調子乗ってる。

 とりあえずご飯食べながら落ち着こう。

 お腹いっぱいになったらもっといい誘い方も閃くかもだし。


「ありがとうございましたー」


 二人で子供用品店を出てエスカレーターに乗る。

 その間もずっと私は彼の手を握っていた。

 どこからどうみても恋人同士に見えるはず。

 うん、優越感。

 今日はこのままご飯食べて家まで帰りたいなあ。


「冬咲、ちょっとはマシになった?」

「え、えと……何の話?」

「いや、さっきまでは立ってるのも辛そうだったからさ。元気になったかなって」

「……うん」


 優しい。

 やっぱり上山君は素敵だ。

 変なことばっかり考えてる私のことをこんなに気遣ってくれるんだから。


「そっか。ええと、それじゃあもう、手離す?」

「……足痛い」

「え? 大丈夫か?」

「だいじょぶだけど、痛いからこのままの方が」

「そ、そっか。なら、このまま店まで行こう」

「ん」


 足なんか痛くも痒くもないんだけど、せっかく繋いだ手を解かれそうになったので咄嗟に嘘をついた。

 

 危なかった。

 あのまま平気な顔してたらこの手が離れ離れに……。

 上山君、やっぱり心の中では手を繋いでること迷惑に感じてるのかな。

 ううっ、わかってたことだけど辛い。

 この手を通じて私の気持ちが伝わらないかな。

 伝わったら、上山君は応えてくれるのか。


 お腹なんか、減らない。

 今はただ、この時間がずっと続いてほしい。


 明日も。

 明後日も。

 死ぬまでずっと。 


 上山君と、手を繋いでいたいなあ。




 

 

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