第28話


「……冬咲、とりあえずショッピングセンターに行く?」


 店を出てすぐに足が止まった冬咲はどこか困った様子だった。

 この辺は地元のはずだが、土地勘がないのだろうか?

 普段からあまり出掛けてる風でもないし、慣れてないのかもな。

 それなら、一応店の買い出しとかで俺はこの辺りに詳しいわけだし、助けてやらないと。


「うん」

「じゃあ左だな。色々店入ってるけど、まずは服屋とか?」

「……うん」

「了解」

 

 店を出て大通りまで行くと見えるショッピングセンターは、いつも休日は多くの人で賑わっている。

 この街の人が全員来てるんじゃないかってくらいに混むこともあるので俺はあまり近づかないようにしていたんだけど、やっぱりそこ以外に買い物できる場所なんてほとんどない。

 昨日は商店街まで行ったし、二日続けて同じ場所ってのもなあと、消去法で選んだのだが。


「うわあ、なんか駐車場いっぱいだな」


 道を渡った先に見えるショッピングセンターの大きな駐車場は遠目からでも満車だとわかる。


 そして出入りする客の姿がゾロゾロと。

 人混みって苦手なんだよなあ。

 それに冬咲もそういうの苦手そうだし。


「んー、人が多そうだから他行く?」

「だいじょぶ。行く」

「む、無理しなくてもいいんだぞ?」

「ううん、だいじょぶ。行く」

「……わかった」


 正直、ここで冬咲が断ってくれたら助かるんだけどと思いながらも、連れてきたのは自分だからその気になった冬咲にあれこれと言えず。


 長い横断歩道を渡って、ショッピングセンターに到着した。



「……ちらり」


 大勢の人を前に少し躊躇う上山君を少し後ろから見上げる。

 かっこいい。

 それに、かっこいい。

 うん、やばいかっこいい。


 はあ、上山君って横顔も後ろ姿も全部素敵だなあ。

 優しいオーラ全開だし、実際優しいし。


 やっぱり、上山君ともっと仲良くなりたい。

 だから、今はチャンスなの。

 人混みだから、はぐれないようにって手を繋いでくれたり、人波に飲まれそうになる私をきつく抱き寄せてくれたりなんて、そんなロマンスが起こりそうな場所に来たんだから。


 そんで、一つのストローで同じ飲み物飲んだりしてー、そのまま夜ご飯食べてから一緒に夜道を歩いてー、そんでそんで……。


「いたっ」

「あ、ごめんなさい」


 妄想の世界に浸っていると、買い物中のおばさんにぶつかってしまった。

 ダメダメ、また悪い癖が出てる。

 今は上山君といるんだか……


「……ら? あれ?」


 顔を上げると、上山君の姿がそこにはなかった。

 振り向いても、あたりを見渡してもどこにも。


 上山君がいない。


「も、もしかしてはぐれた? え、ここどこ?」


 溢れんばかりの人に飲まれながら、私は身動きすらとれず。

 そのまま人の流れに流されていって。


 気がついたら休憩スペースの前にいた。



「冬咲ー? あーもう、どうしよう」


 少し目を離した隙に冬咲を見失ってしまった。

 ふらふらと先を行く彼女の手をとろうかどうか悩んだけど、勇気も出せず自重したのがまずかった。

 あの時、嫌がられてもちゃんと冬咲を捕まえていたら……。


「いや、悔やんでても仕方ない。とりあえず人混みを避けないと」


 冬咲も人混みは苦手っぽい感じだったし困ってるに違いない。

 早く見つけないと。

 


「くすん、すんすん……」


 迷子になった私は、目の前のベンチに座って少し泣いていた。

 怖いとか、不安だとかもあるけど。

 情けない。

 私が勝手にへんなことばっかり考えて周りが見えなくなってはぐれちゃって。


 きっと、上山君も呆れてる。

 高校生にもなって迷子になる女とか、絶対嫌に決まってる。

 もう、ダメ。 

 せっかく楽しい休日が続くかと思ったけど、やっぱり私はダメだ。


「ねえねえ君、何してんの?」

「へ……誰?」


 顔を上げると、茶髪の大学生っぽい男の人が二人、私の前に立っていた。


 香水が臭い。

 それに、笑い方が気持ち悪い。

 何この人たち。


「あれ、泣いてた? もしかして彼氏にフラれた? よかったら俺らが話聞くよ?」

「あ、え、あの」

「どうせ一人なんでしょ? いいじゃん、こんなとこ出てさ、もっと楽しいとこいこうよ」


 男の一人が私の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。

 その動きがとてもスローモーションに見えた。

 気持ち悪い。

 上山君以外の人に触られたくない。

 でも、怖くて動けない。

 声が、出ない。

 どうしよう、私このままこの人たちに誘拐されてひどいことされるのかな。

 

 もう、死にたい。


「冬咲!」

「……あ」


 私の聞きたい声が聞こえた。

 じわっと滲んだ涙で視界がぐにゃぐにゃだけど、それでも声のする方を見ると私の探していた彼がいた。


「……え、誰? 彼氏さん?」

「冬咲から離れろ。男がよってたかって何女の子泣かせてるんだよ」

「い、いや俺たちは別に」

「おい行こうぜ。めんどくせえって」


 一転冷めた態度になった男二人はさっさとどこかへ行ってしまった。


 そして、すぐに私のところに彼が。


「冬咲、大丈夫か?」


 息を切らしながら、上山君が来てくれた。


「……ごめんなさい」

「いや、なんで謝るんだよ。俺こそ目を離してごめん。何もされてない?」

「……だいじょぶ」


 涙が溢れそうで、声は震えていて、もうぐしゃぐしゃだ。


 でも、こんな時でも素直にありがとうが出てこない。

 好きって、言えない。


「冬咲?」

「だ、だいじょぶ、だから。買い物、続けよ?」

「う、うん。立てるか?」

「あ……うん」


 涙を拭く私に手を差し伸べてくれた上山君。

 そして、私も反射的に彼の手を握って立ち上がった。


 あったかい手。

 ずっとこのまま繋いでいたい。

 でも、ドキドキしてまた視界が狭くなっちゃう。


「冬咲、帰らなくて大丈夫か?」

「うん……ええと」

「あ、ごめん」


 手を握ったままだったことに気づいた彼が、その手を離そうとした。

 でも、やっぱりこのままがいい。


「ん、このまま」

「ふ、冬咲?」

「……まだ、ちょっと」

「……わかった」


 勇気を振り絞って彼の手を握ると、優しく私の震える手を握り返してくれて。


 上山君の優しさに包まれたまま、私たちは人混みを避けながら服屋の方へ向かった。


 ほんと、よかった。

 初めて私に触れてくれたのが上山君で、ほんとよかった。

 あんな人たちに触られてたらきっと私……。


 


 

 

 


 


 


 

 


 

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