第26話


「……ん?」


 母さんが作り置きしてくれていた朝食を家で一人寂しく食べているとラインが来た。


 冬咲からだ。


「今なにしてる、か。何かあったのかな?」


 何気ないメッセージに、少し嫌な予感がする。

 昨日は体調が悪そうだったし、もしかしたら今日もまだ不調を引きずってるのかもしれない。

 で、断ろうと思ったけどいきなりごめんなさいは気まずいからとりあえずメッセージを送ってみたとか……いや、考えすぎか。


 最近冬咲と一緒にいて、いつも彼女の読めない思考を理解しようとするあまりネガティブになってる気がする。

 ほんと、そんなんでこれからどうするってんだ。

 

 変に勘繰らずに普通に返事しよう。


「まだ家。朝ごはん食べてる」


 送ると、すぐに既読がついた。

 そして、


「一人で?」


 と、間髪あけずに返信がきた。


「……とりあえず返信しないとな。ええと、一人だけど、と」


 俺も俺ですぐに返事をする。

 するとまた、そのまま既読の文字が。


「……暇なのか?」


 箸を止めて画面を見ているとまた返信が入る。


「いつも一人?」


 普段はメッセージを送っても全然連絡なかったりするのに今日はやけに返事が早い。

 それに質問ばっかだな。

 何が気になるんだ?

 もしかして俺のこと、友達がいないぼっちだと思ってるんじゃ……いや、確かに拓真以外これといった友人はいないけど。

 いつも一人だと言えば寂しいやつだと思われるかな。

 でも、嘘もつけないしなあ。


「とりあえず……まあ、両親はいつも仕事だから、と」


 たまには友達と飯食べたりもするよとか、そういう見栄も頭をよぎったけど、やめた。

 中学の頃から、休みの日の過ごし方はいつも同じ。

 一人で朝ごはん食べて店手伝って、一人で先に帰って勉強して寝て。


 別にそれが当たり前だったし、気にしたこともなかった。

 でも、最近いつも冬咲と一緒なせいか、今日はやけにこの空間が寂しいものに思える。

 静かなキッチン。

 誰もいない広い家。


 冬咲も、今は一人なのかな。


 ……返事が途切れた。

 出かけたのかな。

 今、何してるんだろ。


 気になるけど、そろそろ店に行く時間だ。

 今日も、迎えにきてくれるのかな。

 


「ええと、ええと。上山君は本当に一人なの、と」

「おい、いい加減にしなさい。没収」

「あー! か、返して携帯」

「ダメ。ラインしてみたらって言ったのは私だけどいつまでやってんのよ」


 さくらとクレープを買ってから近くのベンチでその味を堪能しながらワイワイしているところで、私はソワソワしていた。


 上山君が今なにをしているのか気になる。

 誰といるのか、気になる。

 何食べてるのか、気になる。


 GPSとかつけたい。

 監視カメラとかつけたい。

 二十四時間テレビ電話繋いでいたい。

 

 ずっと、一緒にいたい。


 そんな私の落ち着きのなさを見かねてさくらが「ラインしてみたら?」と言って、私もすかさずラインを送るとすぐに返事がきた。

 で、嬉しすぎて調子にのってどんどん返事をしているとさくらにスマホを取り上げられた。


「さくら、私と上山君の仲を裂こうとするなら親友でも許さないから」

「友達といる時くらいラインやめないと友達やめるわよ」

「あうう、ごめんなさい」

「それに、上山君だって今から仕事でしょ? あんたがどんどんラインしてたら困るでしょ」

「こ、困る? 上山君、私から連絡きたら困るの? なんで? もしかして他に女が」

「あーもうすぐに泣きそうにならないの」

「だ、だって」

「はあ。ほんと雪乃って病んでるわねえ。重い女って、最初は喜ばれるけど長続きしないわよ」

「私、重いの?」

「かなりね。まあ、今のところ上山君にはバレてないっぽいけどそんなままじゃ先が思いやられるわね」

「……上山君と結ばれないってこと? やだ、死ぬ」

「ほら、すぐ死ぬとか言わない。嫌なら治すこと。いい?」

「……うん」


 さくらに慰められながら、少し溶けたクレープの最後の一口をパクリ。

 甘い。

 美味しい。

 でも、やっぱりこれを上山君と一緒に食べたいって気持ちが勝ってしまう。

 

 何をしていても上山君が頭から離れない。

 でも、それは重いってさくらは言う。

 言いたいことは、まあ、なんとなくわかるけど。


 いけないこと、なのかな。

 上山君も、私がそんな人間だとわかったら嫌いになるのかな。

 

「……上山君」

「なんか日に日に重症化してるわね。ま、そこまで人を好きになれるのもすごいわ。うん、とりあえず行こっか」

「どこに?」

「上山君のところよ」



「おはよー、母さん」

「あら、早いわね悠太」


 店に着くと、店先を母さんが掃除していた。


「母さん、今日も三時には上がるから」

「はいはい、雪乃ちゃんでしょ」

「な、なんでだよ」

「悠太、ソワソワしてるもの。で、昨日はちゃんとエスコートできた?」

「まあ、それなりに」

「あんないい子、そうそういないわよ。逃げられないようにちゃんとしなさい」

「……頑張るよ」


 俺たちの関係を信じて疑わない母さんのニヤけっぷりを見ているといちいち否定する気も失せる。

 でも、なかなか前途多難というか、俺と冬咲は全くそういう関係ではない。

 母さんの隣で店の掃除をしながら、冬咲と知り合ってから昨日までのことを振り返るが、やっぱりこれといったエピソードはない。


 確かにライン交換したり、一緒にご飯食べたりと、少しずつ進展はしてるもののいまだに彼女の笑ってるところすら見たことないし。


 冬咲が俺に心を許してくれてる姿なんて想像もつかない。

 いつかそんな時がくるんだろうか。


「はあ」

「悠太、なにため息ついてんの。恋煩いかしら」

「なあ母さん、冬咲とはいつも何話してんの?」

「別にー。学校のこととかお料理の話とかそんなことよ」

「ふうん」

「それに、もちろん悠太のことも話してるわよー」

「な、何を?」

「ひ、み、つ。ほら、早く掃除しなさい」

「……気になる言い方だな」

「ふふっ、悪いことなんか何もないわよ。それに、あんたのことが嫌ならそもそも一緒に遊びになんて行かないでしょ」

「それはそう、だけど」


 まだ色々と言いたいことはあったが、母さんはそんな俺を置いて先に厨房の中へ行ってしまった。


 モヤモヤはするが、サボっていたらあとでぐちぐち言われるので俺もまた掃除に戻る。


 チラッとスマホを見たけど、冬咲からの連絡はきていない。


 まあ、どうせこの後会うんだし、話したいことはその時でいいけど。


 ……母さんと、何話してたんだろ。


 


 

 

 


 

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