第24話
「疲れたんだよきっと。ごめん冬咲、今日はちゃんと家まで送るから」
「う、うん」
三十分くらいしてようやく顔をあげられるようになった私は、なんとか立ち上がって上山君と帰宅することになった。
さすがにこんなフラフラなまま、一人で帰るとは言えない。
彼の気遣いを無視すればそれこそ嫌われる。
ほんとは家がバレたくないんだけど。
どうしよう、私の家が上山君の家と反対側にあるなんて知ったら、なんて思われるだろう。
ストーカーだと思われるかな。
言い訳、考えないと。
うう、頭が働かない。
「あれ? 冬咲、こっちって学校の裏手の方だよな? 方向あってる?」
「あう……」
わが家を目指すと、必然的に上山君の家とは違う方向に行くことになる。
でも、もう嘘をつく気力もない。
もう、正直に話した方がいいのかな。
全然違う方向だけど、一緒に登下校したいがために無理してましたって。
ダメ……やっぱり変だと思われる。
死ぬ。
「あら、雪乃なにしてるのよ」
「……いちご?」
こんな時、いつも都合よくというか都合悪いというか、現れる嫌味なスーパーウーマン。
私の姉。
そういや、最近夜にウォーキングしてるとか言ってたっけ?
「あら、確か君はこの前の……上山君だっけ?」
「は、はい。こんばんは、ええと」
「いちごでいいわよ。で、二人で何してるのさ」
「いえ、冬咲……雪乃さんとご飯食べてたんですけど体調悪いみたいなので家まで送ろうかと」
「へえ。で、なんで雪乃、あんたはそんなに困った顔してるのさ」
「……」
何もかも見透かしたような不適な笑みで私を見下ろすいちごに、目で必死に訴えかける。
なんでか知らないけど、昔からいちごは私の考えてることを顔を見るだけでわかってしまうのだ。
でも、その理由は姉妹だから通じ合ってるなんてもんじゃないらしい。
完全に私の心が透けてると。
いつもは迷惑で仕方ないんだけど、今だけはわかってくれと。
必死にいちごを睨む。
「……なるほどね。まあ、大体の事情はわかったわ。あのね上山君とやら、うちはすぐそこなんだ」
「ちょっ、いち……お姉ちゃん?」
「いいから黙ってな、雪乃。で、君は今、なんで家が逆なのにわざわざ雪乃が同じ方向に帰るのか不思議に思ったわけだ、そうだろ?」
「え、ええ」
少し訝しげに首を傾ける上山君と、それを見てニヤリとするいちご。
嫌な予感がする。
まさか、私が上山君のことを好きでわざわざ嘘ついて通ってたことをバラすつもりじゃ……
「お、おねえちゃ、んぐぅ!」
割って入ろうとしていちごに口を塞がれた。
やばい、死ぬ!
「上山君とやら。いちごはね、最近太り気味なんだ」
「……んぐっ?」
急にいちごが変なことを言ったので私は口を塞がれたまま変な声が出た。
上山君も目を丸くしてポカンとしてる。
「それで、私が朝夕散歩するように指示したんだけど、偶然その散歩コースに君の家があったんだ。まあ、雪乃は照れ屋だから家の方向が違うのにわざわざ迎えにきてるなんて変に思われると思って隠してたようだが」
「な、なるほど」
わたしも心の中でなるほどと頷く。
全くもって出鱈目な話なのに、辻褄が合ってる。
そしてなにより、いちごの太々しい態度に私たちは彼女が嘘をついているなんて微塵も疑う余地がない。
いちごはこういうところも長けている。
ハッタリがきくというか、咄嗟にこういう嘘がペラペラ出てくる。
いちご曰く「ブラフかまさせたら私の右に出るものはいない」とか。
ブラフって何かよくわからないけど、とにかくいちごのおかげで私のストーキングがバレずに済んだ。
「じゃあ、私はもう少しウォーキングしてから帰るよ。上山君とやら、妹をよろしく」
「は、はい」
「雪乃、すぐ帰るからね」
「う、うん」
いちごの「すぐ帰るからね」は、別に私を安心させるための言葉ではないとすぐにわかった。
警告である。
間違っても、自分が家にいる時に上山君を連れ込もうなんてことはするなよ、と。
私の考えは全てお見通しというわけだ。
「んじゃ」
いちごはさっさと暗闇に消えていった。
「……家、そこなんだ」
「うん……ごめんなさい、言いにくくて」
「そ、そんな全然気にしてないよ。あの、明日なんだけど」
「買い物。また三時にお店いくから」
「体調は大丈夫?」
「うん。家、ついた」
なんだかんだとあったけど、無事、家に着いた。
なんてことはない見慣れた一軒家を見上げるとホッとした。
すると、「ぐう」っとお腹が鳴ってしまった。
「あ……」
静かな夜道にまあまあ大きな音が響いた。
で、さっきいちごが上山君についた嘘が蘇る。
太った……ふ、太ったのかな。
やばい、上山君が私の方を見てる。
さっき食べたばっかなのにお腹空かしてるデブ女だと思われてる。
死ぬ!
「か、帰るね。それじゃ」
「あ、うん。また明日、冬咲」
「……」
もっとお話していたかったけど、穴があったら入りたいほど恥ずかしくて私は家に飛び込んだ。
そしてそのまま暗い玄関の灯りをつけてからダッシュで部屋に行き、ベッドにダイブして。
「うう、うえーん、デブだと思われたー!」
泣いた。
ひたすら泣いて涙と声が枯れるまで泣き続けて。
やがて泣く気力も無くなったところで私は、静かに眠りについていた。
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