第23話
♤
「お待たせしました」
冬咲が席に戻ってきてからしばらくして、ようやく注文したパスタが二つテーブルに届けられた。
日替わりのパスタは、今日は「ベーコンとアスパラのクリームソース仕立て」。
シンプルなもので、うちにも似たメニューがあるけどそれとは比べ物にならないほどの艶やかさといい香りだ。
皿も高そうだし。
「冬咲、早速いただこうよ」
「……ん」
「お腹、空いてない?」
「んーん、だいじょぶ」
「そ、そう」
値段以上に高級そうに見える料理に慣れていないのか、冬咲も強張っている。
ていうか、戻ってきてからずっと静かだし、下を向いたままだ。
やっぱり冬咲の楽しめるような店じゃなかったってことなのかな……。
こんなことならちゃんと冬咲と相談してから決めたらよかった。
♡
うう、上山君が真正面にいるから顔があげられない。
いつもは並んで歩いてるからなんとなく目を合わせずに済むのに。
今日は無理。
顔を上げたら上山君のご尊顔が……あわわ。
デートって思った以上に心臓に悪い。
それにさっき、焦って変な行動をしてしまったから、きっとおかしなやつだと思われてるに違いないし。
泣きそう。
せっかくのデートなのに。
「なあ冬咲、これ食べた後ってまだ時間ある?」
「……え? あ、うん、ある」
「じゃあ、せっかくだし商店街ぶらぶらしない? まあ、あるのはゲーセンとかそんなもんくらいだけど」
「……行、く」
「ん、寒いのか?」
「だ、だいじょぶ」
上手くいかなくて絶望していた私と、まだこのあとも一緒にいたいと言ってくれる上山君に私は感動して声が震えていた。
やばい、絶対泣いたらダメなのに泣きそう。
あと、このパスタめっちゃ美味しいけど上山君の作ってくれたやつの方が好き。
上山君がパスタ食べてる姿、かっこいい。
でも、さっきのお姉さんが作ったものを彼が食べてるのだとしたら、吐きそう。
私だってまだ、手料理食べてもらったことないのに。
やっぱりあの人殺す。
優しいフリして、結局は自分の料理を上山君に食べさせたかったんだ。
「どうした冬咲? パスタ、美味くない?」
「こ、ころ、お、美味しい……」
「ころ? なにそれ、方言?」
「……なんでもない」
あー、ダメダメ。今は余計なこと考えないの!
せっかく上山君が連れてきてくれたお店だからちゃんと完食しないと。
初めてのデートで行ったお店、美味しかったねって二人で子供を抱っこしながら語り合うの。
えへへ。
「うん、美味しい」
「そっか、よかった。でも、ちょっと堅苦しい店だったかな」
「ううんそんなことないよ」
「でも、次はもう少しラフなとこに……って、勝手に次の話なんか変だよな」
「次……明日も私、空いてる」
「あ、明日? 明日もどっか行くってこと?」
「買い物、したい。一人だと心細いから」
「俺でいいの?」
「嫌なの?」
「そ、そんなわけないじゃんか。なら、またバイト終わりになるけどいい?」
「うん」
やばっ、神展開だ。
こんなにすんなりと明日の予定まで埋まるなんて。
明日も、上山君と一緒だ。
鼻血でそう……嬉しい。
もう死んでもいいくらい嬉しい。
ううん、まだ死んじゃダメ。
死ぬ時は上山君とおてて繋いで一緒に旅立つの。
それに、このあともまだまだ予定たっぷりだもん。
あんな男たらしがいる店からは早く出て次に行きたい。
「……ご馳走様。もう、出る?」
「うん、遅くなったらいけないし。すみません、お会計お願いします」
彼が呼びかけると、さっきのお姉さんが近くにいたのか、席に来た。
私は上山君にちょっかいを出さないか不安で仕方なく、ずっとお姉さんの方を睨んでいたが、それに気づいた上でお姉さんは余裕ぶった態度で上山君からお金をもらって、そのあと私の方をチラッと見ながら笑っていた。
大人の余裕だ。
悔しい。
私より上山君に近づくな。
「……あ、お金」
「いいよ、ここは俺が出すから。誘ったの俺だし」
「で、でも」
「いつもうちで使ってくれてるしさ。奢られるの、嫌?」
「……ありがと」
やっぱり、どこまでも上山君は紳士で優しい。
優しいがいっぱい。
私、幸せ。
パパ、ママ、私幸せになるね。
「ありがとうございましたー」
満腹感と満足感たっぷりなまま店を出ると、商店街はやっぱり閑散としていた。
そのまま、がらんとした商店街をそぞろ歩いて入り口付近にあるゲームセンターへ。
しかし、
「ありゃ、今日定休日だって」
「……」
まさかの店休日。
私は仕方ないといった感じで頷いたけど、内心はめっちゃショックだった。
ゲームセンター、めっちゃ好きだし。
それに、今日ここで取ってもらったぬいぐるみを結婚式の時に私が抱いたままスピーチして、初めてプレゼントしてもらったのがこの子ですって、上山君との馴れ初め話をするという夢が一つ潰えてしまった。
ショック。
それに、このままだとまずい。
行くところがないと、解散になっちゃう。
「どうしよう、他に行く店ないもんな。今日のところは帰るか」
「え、あの」
やっぱりそうなった。
もう、商店街を出たら何もない。
明日まで上山君に会えない。
やだやだやだ。
「うう……」
「ど、どうした? 大丈夫か冬咲? おい、冬咲?」
「あうう……」
あまりにも辛すぎて貧血気味になった私は、商店街の入り口付近でしゃがみ込んでしまい、動けなくなった。
そんな私をじっと見守りながら気遣ってくれる上山君の優しさが嬉しくて、でも、辛くて。
私はしばらくずっとそのまま。
心の中で泣きながら地面を見つめていた。
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