第20話


「お待たせ」


 全身全霊を込めたパスタができた。

 俺史上最高に集中した数分間だった。

 昨日も昨日でめっちゃ頑張ったけど、今日の冬咲が可愛すぎて気合いが入りまくったのはいうまでもない。


 それに富永もせっかくきてくれてるし。

 冬咲と仲の良い彼女にも良いところを見せておけば、富永からも後押しがあるかも、なんて。


 そんな下心を抱くくらいに俺は冬咲のことで頭がいっぱいだ。

 ほんと、母さんに揶揄われるのも無理ないな。


「わあ、すごい。雪乃、めっちゃ美味しそうだよ」

「うん、知ってる。昨日食べたから」


俺のパスタを前にして、はしゃぐ富永と冷静な冬咲。

 リアクション、逆だと嬉しいんだけどな。

 

「いらっしゃいませー。悠太、一番テーブルにお水」

「はーい。じゃあ二人とも、ゆっくりしてて」


 母さんに呼ばれて俺は冬咲たちの席を離れる。

 それと同時に、一人でカウンターに座っていた拓真が冬咲たちのいるボックス席へ移動したが、声をかける間も無く俺はお客さんの元へ向かった。



「うん、美味しい! 雪乃、上山君めっちゃ料理うまいじゃん」

「知ってるもん。昨日もたくさんご馳走になったし」

「誰にマウントとってんのよ。素直に喜びなさいよ」

「……えへへ、上山君ほんとかっこいい」

「ほんと、それそのまま上山君に言えばイチコロだと思うけどねー」

「面白そうな話してるな。俺もまぜろよ」


 頬杖をついて呆れるさくらの隣に斎藤君が座ってきた。

 

「こら、女子トークに勝手に入るな」

「いいじゃんか、あいつ忙しくなったら相手してくれないし。それにたまのオフなんだから」

「だからなによ」

「……そうツンケンすんなよ」

「ふん、知らない。私ちょっとお手洗い行ってくるから、雪乃にちょっかい出すんじゃないわよ」

「するかバーカ」


 イラついた様子でさくらは席を離れた。


 一体二人の間に何があったのだろうと心配になるほど険悪な空気を残したままさくらがいなくなり、そして私の向かいには斎藤君が……うわ、気まずい!


 私、斎藤君とまともに話したことないよー。


「あう……」

「ごめんよ冬咲、楽しんでるとこ邪魔して」

「……だいじょぶ」

「まあ、俺が悪いんだよな。あいつとの約束守らなかったからさ。でも、話くらい聞いてくれないもんかねえ」

「……?」


 目を見れずに俯いたままの私は、それでも勇気を振り絞って斎藤君の方を見る。

 すると、いつも陽気な彼がとても寂しそうな目をしていた。


「斎藤君、さくらと仲良くしたいの?」

「ん、まあ、そりゃな。冬咲には何か言ってたりする? まあ、悪口だろうけど」

「……別に。特には」

「そっか。まあ、俺たちのことは大丈夫だから。それより悠太のこと、頑張れよ。応援してっから」

「う、うん」

「じゃあさくらによろしく。先に帰るわ」


 斎藤君は、テーブルに千円札を置いて先に店を出て行った。


 そして束の間のぼっちになった私は、斎藤君の反応を振り返りながら考察する。


 ……斎藤君も、さくらのことが好き?

 さくらは斎藤君が好きだけど素直になれなくて、斎藤君もさくらのことが好きなのに喧嘩したまま仲直りできてない、ってこと?


 ……え、なにそのツンデレカップル!

 

「あれ、あいつ帰ったの? あ、金だけ置いていってるし。ほんと、そんなのいらないから」


 ぶつぶつ言いながら戻ってきたさくらは、テーブルの上の千円札を手に取ると、さっきの斎藤君と同じような目をしていた。


「ごめんさくら、あいつに変なこと言われた?」

「う、ううんだいじょぶ。ええと、さくらは斎藤君となんで喧嘩してるの?」

「け、喧嘩じゃないわよ。あいつが悪いのよ。学校じゃ普通にしようと心がけてるけど、やっぱりダメね。イライラする」

「……でも、好きなんでしょ?」

「だから私は別にあいつのことなんてなんとも」

「さくら、斎藤君もさくらに謝りたそうにしてたよ?」

「ふん、昨日だって二人になった時あったのになんも言わなかったくせに」

「さくらがらそんな態度だから言いにくいんじゃないの?」

「……わかってるわよ、そんなこと」


 少し冷めたパスタをクルクル丸めながらもじもじするさくらを見るとよくわかる。

 やっぱり、斎藤君のこと好きなんだ。

 

「さくらこそ素直じゃない」

「色々あるのよ私たちも。でも、雪乃はそうなってほしくないから。それに上山君は優しそうだし、ちゃんと思ったこと言った方がいいわよ」

「説得力ないよ」

「はは、耳が痛い。でも、あいつの話はとりあえず終わりよ。今日は雪乃の大事な日なんだから」

「……がんばりゅ」

「そうそう、頑張らないと。で、この後のプランはちゃんと考えてる?」

「ええと、式場の予約?」

「おい」


 またデコピンされてから、さくらに色々とレクチャーされた。

 とりあえず昼の繁忙な時間帯は邪魔にならないように外で時間を潰して、仕事終わりにあわせて今度は私一人でここに上山君を迎えにくるということでまとまった。


「でも、ほんとにパスタおいしいよね。雪乃もなんか手料理とか作ったら?」

「苦手だもん」

「練習よ。じゃあ、今度の休みはうちで料理作る?」

「え、上山君と一緒がいい」

「本末転倒なこと言うわねほんと。美味しいもの食べさせてあげたら男はイチコロよ」

「おいしいもの……」


 私はそっと、自分の胸に手を当てる。

 上山君も、やっぱり美味しいものあげたら喜んでくれるのかな。


 召し上がれ。

 私、美味しいよ?


 ……ちゃんと食べてくれるかな。

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