第16話

「はい、これ。カルボナーラだけど」

「……」


 待つこと十分少々。

 上山君が持ってきてくれたのは、卵黄が真ん中に乗ったとても美味しそうなパスタだった。


 キラキラしてる。

 艶々してる。

 いい匂いする。

 おしゃれ。

 え、これ作ったの?


「これ、上山君が?」

「ま、まだ練習中だけど。味は大丈夫だと思うから食べてみて」

「……いただきます」


上山君が作ってくれたというだけで、どんな料理だろうと私は美味しいと思うのだろうけど。


 匂いや見た目でも、すでにうまいことがわかる。

 しかも家庭料理の域は超えてる。

 完全にお店の料理だ。


「……美味しい」

「ほんと? 一応、一番得意なものにしたんだけど舌に合うならよかった」

「……好き」


 めちゃくちゃにうまい。

 うますぎる。

 これで発展途上だというのなら、一年後の彼はどうなってしまうの?

 それを食べた私は?

 多分死んじゃう。


 これ、好き。

 大好き。

 上山君が、好き。


「……美味しい。好き」

「あはは、照れるって。もっと辛口かと思ったけど、冬咲って優しいな」

「優しい……ううん、好きなものは好きって、それだけだよ」


 この味も、この匂いも、こうしてそばにいてくれる彼の笑顔も声も。


 好きなものは好き。

 嫌いなものは嫌い。

 

 でも、ちょっと困ったことがある。


「……どれくらい、練習したの?」

「練習というか、手伝いの合間に見よう見まねで。最初は酷かったけど」

「……いつからお手伝いしてるの?」

「んー、中学生の頃からかな。なんか気になるとこあった?」

「んーん、だいじょぶ」


 ということはつまり、数年は練習していることになる。

 ……どうしよう、私、絶対こんなにうまくできる自信ない。


 高校卒業まで三年もない。

 卒業したら結婚だから、ええとー、私頑張らなきゃ!

 もっと食べて味を盗まないと。


「……おかわり」

「え? 足りなかった?」

「そ、そうじゃなくて……でも、お、美味しかったからもっと食べたいなって」

「じゃあ、同じものもなんだし別の作ろうか?」

「……うん」


 私が頷くと、彼はすぐに厨房の中へ行ってしまった。


 上山君の別メニューが食べれると内心喜んでみたけど、冷静になるとやらかした感が襲ってくる。


 パスタおかわりなんて、デブだと思われちゃう。

 それに、私お金全然持ってないのにどうしよう。


 今更、やっぱりやめとくとも言えないし。

 あうう、ほんと私バカだあ。


「雪乃ちゃん、それでうちの悠太とはいい感じなの?」

「あ、お母……おばさま。き、今日は色々ありがとうございます」

「いいのよ全然。ほんとあの子ったら、朴念仁だから」


 店が落ち着いたようで、私の隣に座ったお母さんは呆れたように笑いながら私を見て頷く。


「ほんと、こんな可愛い子がうちの息子と仲良くしてくれてるなんて夢みたいだわ。もし悠太が腑抜けたこと言ってたらなんでも相談しに来てね。もちろん、お金のことは気にしなくていいから」

「……ありがとうございます」


 お母さんはもう、すっかり私の味方。

 これで上山君と私の仲は揺るぎないものになったはず。

 あとはちゃんと私が花嫁修行して上山君に相応しい女になるだけ。

 そうすればきっと上山君だって私のことを……でも、ここまでして嫌われたら私、どうしたらいいの?

 順調すぎて逆に怖い。


「お待たせ……って母さん、手が空いてるなら手伝ってくれたらいいのに」

「そんなことより大事なことしてたのよ。悠太、雪乃ちゃんがご飯食べ終わったらちゃんと送ってあげるのよ」

「わかってるよ」


 本日二品目のパスタを持った上山君が戻ってくると、入れ替わるようにお母さんは席を立って厨房へ戻った。


「母さんに何言われてたの? また余計なこと言ってなかった?」

「ううん、とてもいい人。私は好き」

「そ、そう?」

「うん。これ、いただきます」


 次に出てきたのはペペロンチーノ。

 ニンニクの香ばしい匂いで、満腹だった私はまた食欲をそそられる。

 

「……おいし」


 当然のようにうまい。

 これで一番得意なものではないと言われても嫌味にしか聞こえないくらい美味しい。


「最近覚えたんだ。結構入れてるものも簡単でさ」

「最近……」

「まあ、店のメニューは一通り作れるようにはなったんだけど、まだお店で出すレベルじゃないからさ。こうやって試食してくれると俺も嬉しいよ」

「……全部作れるの?」

「毎週毎週手伝わされてたら嫌でも覚えるよ。冬咲は料理とかしないの?」

「……だいじょぶ」

「え?」

「な、なんでもない。早く食べないと冷めるから」

「あ、ああごめん」


 上山君のセンスに脱帽、というか絶望しながら私はまたパスタをすする。


 うまい。

 出てくるのも早い。

 

 やっぱり上山君、素敵。

 でも、私の方が追いついてない。

 どうしよう、料理もできない女とか嫌われるに決まってる。


「う、ううっ」

「だ、どうしたんだ冬咲? 泣いてる?」

「の、喉に詰まっただけ。なんでもないから」


 ダメだ、美味しいのに切なくなる。

 切り替えないと。

 話題、変えないと。


「料理は、なんで覚えようって思ったの? やっぱり、ご両親がお店してるから?」

「まあ、勝手に覚える環境だったからなあ」

「でも、最近も練習してるのは?」

「それは……いや、特には。なんとなくだよ」

「……そ」


 上山君、嘘つくの下手。

 なんで誤魔化すの?

 もしかして、この料理を食べさせたい人がいるってこと?


 ……誰?

 斎藤君……とかじゃなさそうだし。

 もしかしてさくら!? ほんとならさくら、死んでもらう。

 

 ……ほんとに、誰?

 誰のために料理練習してるの?

 将来お店をした時に来てくれるだろうお客さんのため?

 後継として期待するご両親のため?

 それとも……食べてもらいたい人がいるの?


 いたら、嫌だ。

 私は上山君のお嫁さんになるの。

 だから浮気は許さない。


 ……突き止めないと。



「……ちょっと手洗ってくるから」


 冬咲のめが怖くて、俺は逃げるように厨房の中へ。

 美味しそうに食べてくれてたはずなのに、何がいけなかったんだ?

 にんにく強かったのか?

 んー、女の子って何考えてるかわかんねえ。


「はあ」

「何してるのよ悠太、雪乃ちゃんがひとりぼっちでしょ」

「あのさ母さん、冬咲と俺のことなんか誤解してない?」

「何よ誤解って」

「いや、だから俺と彼女はただの同級生でさ」

「あー、ほんとあんたって父さんの息子ね。まあ今はいいけど、嫌われないようにしなさいよ」

「……わかったって」


 呆れたように母さんは奥へ消えた。

 やっぱり母さんは誤解してる。

 父さんと母さんの馴れ初め話は昔一度聞いたことがあるけど、堅物みたいな父さんを母さんが尽くして尽くして口説き落としたみたいな話だった。

 だから俺も堅物で、冬咲の好意に対して鈍いとでも言いたいのだろう。

 でも、そんなんじゃない。

 冬咲は少なくとも俺のことが好きとか、そういうのではないと思う。

 だって、普通好きな男に対してならもっとニコニコすると思うし、ラインだってすぐに返してくれると……いや、それも人によるのかな。


 ……明日から休みか。

 もし、デートとか誘ってみたら来てくれるのかな。



 

 

 

 

 

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