第15話


 ここだけの話、緊張で手汗がべとべとだ。

 うちの親が経営する喫茶店に、友達を連れてきたことなんてもちろんないし、女の子となればもちろんあるはずもない。

 俺が手伝いをしている時にたまに拓真がきたことはあるけどってくらい。

 

 そんな俺が急に女の子を連れてきたらなんと言われるか。

 父さんはそういう話に入ってこないから何も言わないと思うが、母さんは恋愛話とか好きだし、きっとあれこれと冬咲に聞いてくるだろう。


 店の前で待っててもらいたいのが本音だ。

 でも、そうもいかない。


「ココア、頼む」

「み、店で?」

「せっかくだから」

「そ、そう」


 店で注文する気満々な冬咲を店内へ案内しないわけにもいかないだろう。

 それに、迷ってる暇もない。

 ついさっき母さんから、「早く」とラインが来ていた。


 もう、店の前だ。

 ……とりあえず、なるようになれだ。


「いらっしゃいませ……あら、悠太。ちゃんと買ってきてくれた?」

「ああ、これ。お金は後でいいから」


 店に入ると、料理を運んでいた母さんがすぐに俺に気づいた。

 中は夕飯時とあってそこそこ賑わっている様子。

 で、すぐに隣にいる冬咲にも気づく。


「あら、雪乃ちゃんいらっしゃい。ふふっ、今日は一緒にくると思ってたわ」

「こんにちは。ええと」

「ココアよね。そこ座ってて。悠太、ココア入れてあげて」

「う、うん?」


 知り合い? 

 なんで母さんが冬咲のことを知ってるんだ?

 それに名前まで……


「冬咲、母さんとは知り合い?」

「ここ、実は時々くるの」

「え、そうなの?」

「うん。高校生は珍しいからって、覚えられた」

「なるほど」


 どうやら、冬咲はうちの常連だったようだ。

 しかし母さんも冬咲も人が悪いというか。

 二人が知り合いならそうだと言ってくれたらいいのに。


 いや、わざわざ俺に言う必要もないのか?

 うーん、とにかく今はココアの準備だったな。


「……」


 機械にココアの粉末と牛乳をセットして、スイッチを押す。

 なんてことない作業だが、分量一つで味が変わる。

 だから俺は自分や親の賄い用でしか飲み物も食べ物も作ったことはない。


 なのに、常連だという冬咲に俺が作ったドリンクを出していいのかな。


「母さん、やっぱりこれは母さんが作った方が」

「お金はもらわないからあんたが作ってあげなさい。他人に飲んでもらえる機会なんて貴重でしょ?」

「でも、冬咲は客として来てるわけだし」

「客? ああ、まあ、今はまだそうね」

「今は?」

「こっちの話。とりあえず、早く持ってってあげなさい」


 俺たちが店に来た後も何組もお客さんが入ってきて、だんだんと店は賑わいを増す。

 三十席はある店を二人で回しているんだから母も俺たちに構ってはいられず。

 父は奥の厨房でずっと料理をしていて俺にも気づいていない。


 まあ、お金をもらわないと言うのであれば俺も気兼ねなくココアを入れられるってもんだ。


「はい、お待たせ」


 カウンターでポツンと待つ冬咲に暖かいココアを持っていった。


「これ、上山君が作ったの?」

「ま、まあね。母さんから、お代はいいって言われてるから」

「……いただきます」


 両手でコップを包むように持って、ゆっくり口に運ぶと冬咲はホッとした顔をする。


「美味しい」

「ほんと? 一応、練習はいつもしてるけどまだ自信なかったからよかったよ」

「美味しい。好き」

「そ、そんなに? な、なんか照れるな」

「好き。ねえ、料理もするの?」

「料理は、まあ、自分の賄いくらいなら」

「お腹空いたから、何か頼んでもいい?」

「え、今? それに俺がつくるの?」

「お店、忙しそうだから。もちろんお金は払うけど、ダメ?」

「ど、どうしようかな」


 いきなり料理を作ってくれと言われて戸惑う。

 そりゃ自炊はするし簡単なパスタくらいはよく作るけど、お店の客として来てる彼女に何か出すほどの腕前は俺にはない。


 それにお金をもらうならやっぱり父さんにちゃんと作ってもらおうと。

 断ろうとしたその時母さんがこっちにきた。


「悠太、あんた自分の晩御飯作るついでに雪乃ちゃんにも何か作ってあげなさいよ」

「え、俺が?」

「せっかく来てくれてるんだからそれくらいしなさい。それに今は忙しいから」

「……わかったよ」


 さすがに俺をいじるほどの余裕はなかったが、冬咲に「ゆっくりしていってね」と声をかけて俺の方を見てニヤリとしてからまた客席へ向かっていった。

 それを見て俺はやれやれと首を振りながら厨房へ。


 多分、気を利かせたつもりなのだろう。

 十中八九、母さんは冬咲を俺の彼女だと誤解している。

 でも、聞かれてもいないのに彼女じゃないと否定するのも逆に怪しまれるし。

 ……それに冬咲は。

 俺のこと、友達くらいには思ってくれてるんだろうか。



「……やばいやばい」


 お母さんとの連携プレイがここまでは抜群にはまってる。

 さっき電話で、買い物に付き合わせたお礼に何かご馳走様するって言ってくれたからその時に私は、今日は上山君の作ったココアと料理が食べたいですって言ったんだけど。

 

うまくお母さんがフォローしてくれてる。


 よかった、ここ数日通った甲斐があった。


 暇な時間にいっぱいお母さんとお話して。


 将来の夢は喫茶店を好きな人としたいってちゃんと伝えて。

 将来のために勉強したくてここに通ってますって言ったら色々察してくれて。

 なんか、可愛がってくれるようになっちゃった。


 えへへ、お母さんありがとう。

 今日は上山君が買ってくれたパンとジュース、それに上山君が作ってくれたココアに料理まで。


 上山君づくし。

 幸せだなあ。


 でも、将来二人でこのお店をするとなると、上山君の料理を他の女の人が食べるんだよね?


 ……なんかやだ。

 上山君は私のためだけに料理して欲しい。


 だから私が作る。

 料理、覚えて私が厨房に立つから。


 ちゃんと今日食べたものも、覚えるから。


 手取り足取り、教えてね。

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