第14話


 放課後。

 先に教室を出る冬咲を見送ったあと、少し間を空けてから俺も教室を出るのがいつものパターン。

 そして学校を出てすぐの交差点で彼女と待ち合わせをして、一緒に帰るのだけど。


「もしもし母さん? なに、生クリームが切れたから買ってこい? え、そのまま来いって? いや、俺用事が……あ、切れた」


 母さんから、買い出しの依頼があった。

 いつもなら面倒ながらも小遣いをくれたりするのでラッキーと思ってスーパーに行くのだけど。


「冬咲、どうしようかな」


 母さんも急いでたみたいだし。

 かといって今日は一人で帰ってくれなんてそんな冷たいことを彼女にも言えないし。


「聞いてみるか」


 とりあえず彼女の待つ交差点へ向かった。

 そして、いつものようにスマホを眺めながら静かに待つ彼女の姿を見つける。


「冬咲、お待たせ」

「遅い」

「ご、ごめん。母さんから電話があってさ」

「……なんて?」

「いや、買い出し頼まれてさ。帰りにスーパーで買い物してからそのまま店に来いって。冬咲は、その、どうする?」

「行く」

「え?」

「行く。置いていくつもり?」

「そ、そんなつもりじゃないけど。遠回りだし、時間かかるけどいいのか?」

「いい」

「そ、そっか。じゃあスーパー行こうか」


 もう少し嫌がられるかと思ったけど意外な反応だった。

 よほど、一人で帰るのが怖いのだろう。

 でも、母さんになんて言おう。

 昨日は家で寝てる冬咲も見られたし、あれから何も言ってこないけど変な誤解はしてるだろうからなあ。


 また、よからぬことにならないといいんだけど。



 作戦成功!

 お母さんに電話して、何かいるものがあれば買いに行きますって言ったら上山君におつかいさせるからって。

 当然、こうなるって思ってた。

 よかったあ、置いていかれなくて。

 もちろん、上山君が一人で買い物に行こうとしたら私はついていったけど。

 やっぱり二人で一緒の方がいいもんね。

 それにこれでお母さん公認の仲にも……えへへ、楽しみ。

 そのまま閉店までお店にいて、ご家族と一緒にご飯とか……やだ、結婚のご挨拶みたい。


「ふふっ」

「どうした冬咲? なんかいいことでもあった?」

「……別に」


 ダメダメ、顔がニヤけてる。

 へんなやつだと思われちゃう。


 今はまだ我慢。

 上山君の気持ちを私に向けるために、まずは周りを固める作戦なんだから。


「いらっしゃいませー」


 お店の近くにあるスーパーに到着した。

 この辺で一番大きな店で、夕方のこの時間は夕食の買い出しにきている主婦さんたちでいっぱい。


 私も何度か来たことあるけど、広いし人が多いのでいつもパニックになる。

 だから苦手なんだけど、今日は違う意味でパニック。


「……」


 上山君と初めてのお買い物。

 ドキドキしすぎて、目が回りそう。

 知り合いの人とかいないかな。

 いたらいたで、いいんだけど。


「あれ、二人で買い物か?」

「……先生?」


 入ってすぐ、カゴを取ろうとする上山君を待つ私に声をかけてきたのは西宮先生。

 そして上山君に見えないように、OKサインを出してくる。


「がんばれよ冬咲」

「先生、しっ」

「はは、元気そうでなにより。羨ましい限りだ。じゃあまた明日……いや、明日は保健室くるなよ」


 先生は上山君にも一声かけてから先にスーパーを出ていった。


「先生と、随分仲良くなったんだな」

「まあ。先生、優しいから」

「普段どんな話するんだ?」

「……忘れた」


 言えるはずがない。

 私が先生にするのはいつも上山君のことばかり。

 先生が上山君に変なこと言わないように今度釘を刺しておかないと。


 じゃないと先生のお口を釘で……ぶるぶる、ダメダメ。

 でも、先生美人だからなあ。

 絶対に上山君とは仲良くさせてあげないから。


「さてと、生クリームだけ買うんだけど喉乾いたりしてない?」

「……奢ってくれるの?」

「それくらいならいいよ。ジュース、何が好き?」

「……カルピス」

「じゃあこれでいいかな? 俺は炭酸にしよっか」


 カルピスが好きなんて、子供っぽいと馬鹿にされるんじゃないかと思ったけど、上山君はやっぱり優しいから何も言わずにカルピスをカゴに入れてくれた。


 今日は初めてづくし。

 初めて、上山君に奢ってもらっちゃった。

 こういうのって、好きな女の子にしかしないものだよね?

 もしかして上山君も私のことを……。

 ううん、絶対そうだもん。

 上山君もさくらみたいにツンデレさんなだけなんだ。


 うん、きっとそう。

 えへへ、早くお母さんに紹介してもらわないと。


「ありがとうございましたー」


 スーパーを出ると、すぐに上山君が飲み物を渡してくれた。


「はい、これ」

「……ありがと」

「さてと、それじゃこのまま店いくけど、ほんとに大丈夫?」

「だいじょぶ」


 スーパーを出ると、一気に緊張感が増す。

 ご両親のお店はここ最近何度も通ってるので、そこに行くことにはなんの抵抗もないはずなのに。

 上山君と一緒に行くとなると話は別。

 お母さんになんて言われるかと考えるだけで体が熱くなる。

 それに、初めてのカフェデート。

 もう、喉はカラカラ。

 でも。


「ぷはっ。やっぱり放課後に飲むジュースはうまいなあ。冬咲も飲みながら行こうよ」

「……だいじょぶ」

「喉、乾いてなかった?」

「……だいじょぶ」


 本当は今すぐカルピスを飲み干したいくらい喉は乾いて体は熱っている。

 でも、彼が初めて買ってくれたジュースだから。

 家に帰ってじっくり飲みたい。

 できれば未開封のまま永久保存したい。

 それはさすがに無茶だけど、全身で浴びてみたい。


 だから飲みたくない。

 ぎゅっと、ペットボトルを握りしめながら私は、このペットボトルをぎゅっと抱きしめてしまわないように我慢して。


 彼についていきながら、彼のご両親のいる喫茶店へ向かった。

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