第13話


「好き……好き?」


 授業中に突然ラインが来た。

 こっそりと机の下でスマホを見ると、なんと冬咲から。


 しかも一言だけ「好き」と。

 思わず立ち上がってしまいそうなほどに衝撃を受けた俺は、思わず空席になっている隣をみた。


 まさか冬咲からの告白?

 いや、でもなんでこんなタイミングで?

 保健室に付き添ってあげたから?

 いや、冬咲はそんなに簡単な女の子じゃないだろうし。


 ……あ、そうか。

 これ、ゲームの話か。

 さっき廊下でゲームは好きかって聞いて、結局答えを聞かないまま西宮先生に彼女を引き渡したから。


 だからその答えをくれたわけだ。

 それに、昨日返事をくれなかったことも気にしてくれてた様子だし。


 埋め合わせのつもり、かな。

 はあ、びっくりした。



「……死ぬ!」


 目が覚めてすぐ。

 私は取り返しのつかない愚行を犯してしまった事実を知る。


 ラインの画面には、私が上山君に「好き」と送った文章と、その横に既読の文字が。


 が……。


「死ぬ!」

「おいうるさいぞ」

「す、すみましぇん」


 西宮先生に注意された。

 しかしそれどころではない。

 やばい、やってしまった。

 

 急にラインで告白してくる女なんて、怖いに決まってる。

 病んでると思われる。

 嫌われる。

 既読になってる。

 詰んだ。


「……死ぬ」

「ほら、あったかいココアだ。これ飲んで落ち着け」

「あ、いい匂い」


 甘い香りに誘われて、私の気持ちは幾分か楽になる。

 一口ココアを飲んで落ち着く。

 しかし、すぐに現実に引き戻される。


「……どうしよう」

「なんだ? 変な夢でも見たのか?」

「夢ならよかったのに……」

「また上山のことか? 冬咲、ちなみに上山とは二人でデートとかしたことはあるのか?」

「で、でーと? あ、あるわけないじゃないですか。デートなんか、怖くて誘えないし」

「でも好きならそういうところから始めないと何も進まないだろ。ちなみに上山とはどうなりたいんだ?」

「どう、なりたい?」

「ほら、恋人になりたいとか、とりあえずこのまま仲良くしていたいとか、色々あるだろ」

「私は……」


 上山君のことは大好きだけど、確かに彼と今後どうなりたいかなんて冷静に考えたことはなかった。

 ただ、一緒にいたい。

 でも、友達未満な今の関係でそれを望むのは難しいと、さすがの私でもわかる。

 もっと、もっともっと一緒にいて、もっといろんなことがしたいのに。


「私は……」

「ほら、言ってみろ。言葉にしてみれば自分の気持ちに整理がつくぞ」

「……上山君の子供がほしい」

「は?」

「そ、それに上山君が他の女の子と仲良くしてたら殺したくなる! あ、子供は三人以上は欲しいです!」

「……あ、そ」


 先生は呆れ果てた様子でそっぽを向いてしまった。

 何か変なことを言っただろうか?

 好きな人との子供がほしいと思うのって、普通だと思うんだけど先生は子供いらない派の人なのかな。


「あ、だから独身なんですね」

「やかましいわ。ほら、そんな軽口叩けるんならもう大丈夫だろ。早く教室に戻れ」

「……はい」


 なんだかわからないけど不機嫌になった先生に追い出される形で私は保健室を出た。


 そしてトボトボと教室へ向かう途中。

 さくらがいた。


「あれ、なにしてるの雪乃? 上山君と一緒じゃないの?」

「……保健室からの帰り」

「あー、昨日寝不足なった感じね。で、仲直りは?」

「……告白しちゃった」

「は?」

「どうしようさくら! 私、死んじゃうよう!」

「お、落ち着いて! ほら、とりあえずジュース買いに行くよ」


 取り乱す私を宥めながらさくらが中庭へ私を連れ出してくれた。

 そのあと、自販機のジュースを買って渡してくれる。


「はい、カルピス。で、告白ってどういうこと?」

「……こういうこと」


 端的に経緯を話しながら、ラインを見せる。

 すると、さくらはなぜか目をキラキラさせていた。


「ちょっとちょっと、いつからそんな大胆になったのよ。やったじゃん」

「じ、事故だもん。それに、返事ないし」

「まあ、さっきまで授業だったからね。まだ教室戻ってないんでしょ? 早く上山君の反応確認しなきゃ」

「なんでさくらがワクワクしてるのよ。それに、もしイマイチな反応だったら」

「向こうだって照れてるだけかもでしょ」

「嫌われてるかも」

「でも逃げてたって今日も一緒に帰る約束してんでしょ? だったら善は急げよ」

「怖くて動けない……」

「あーもうめんどくさいわね。ほら、行くわよ」

「やっ、ちょっ」


 強引にさくらに手を引かれて、私は拉致される。

 そして自身の教室まで連行されると、もちろん席には上山君の姿が。


 今は斎藤君とおしゃべりしてる。


「……邪魔したら悪いから私帰る」

「どこに帰るつもりよ。ほら、私も行くから」

「あうあう」

「斎藤ー、上山君」

「ひい」


 引きずられながら上山君の元へ。

 そしてすぐに私たちに気づいた二人は、しかし私とさくらを見ても普段通りの反応だった。


「冬咲、もう体調はいいのか?」

「え、う、うん。ええと、うん」

「そっか。ならよかった。あと、返事まだできてなくてごめん」

「へ、返事!?」

「いや、さっきのラインの。ゲーム、好きなんだな」

「……げーむ?」

「ほら、保健室行く前に話してただろ。ゲーム好きかって。そのことだろ?」

「……あ」


 緊張で爆発しそうだった私の体の力が一気に抜けていく。

 そういえば、そんな話をしていた気もする。

 そして上山君は、私に告白されたと気づいていないどころか全く違う話と勘違いしている。


 隣で、さくらはクスクス笑いながら「なるほど、そんなとこだと思った」と冷やかしてきたあと。


「どうすんの? あれは告白でしたって訂正する?」


 と、耳打ちして私を揶揄う。

 

「そ、そんなことできるわけないじゃん」

「ふふっ、冗談よ。よかったわね、気づいてなくて」

「……」


 少し複雑だったけど、あんな不本意な形での告白が成立しなくてよかったと安心はした。


 でも、もし本当に告白だとわかっていたとして。

 その時、上山君はなんて言ってくれたのだろう。

 

「ていうか斎藤、ちょっといい?」

「なんだよさくら、俺は今上山と」

「気が利かない男はモテないわよ。ほら、いいから来なさい」


 さくらが、斎藤君を連れて教室を出て行った。

 気を利かせてくれたつもり、なのだろうけど。


「冬咲、体調戻ったみたいでよかったな」

「……だいじょぶ」

「ん、顔赤いけどまだ熱っぽいのか?」

「だ、だいじょぶ」


 誤解で済んだとはいえ、一度好きだと言ってしまった彼に対していつも以上に恥ずかしさが込み上げてきて、顔が見れない。

 今はさくらがいてくれた方がよかったのに。

 どうしよう。

 でも、結局進展はなしだもんね。

 今まで通りってこと、だよね。

 今まで通り……でも、このままじゃダメなんだよね。

 先生にも言われたし。


「……あの、上山君」

「ん、どうした?」

「……お腹、空いた」


 帰りに一緒にご飯でもどうかな。

 ちょっと寄り道したら、上山君の家の方にも喫茶店あるし。


 ていうか、上山君のご両親が経営してる喫茶店に、今日は一緒に行きたい。


 ダメ、かな?


「お腹、空いてるのか?」

「うん」

「そっか。なら、これ食べる?」

「……パン?」

「いや、昼休みに買ったんだけどお腹空いてなくて。余物なんて嫌かな」

「……」


 そうじゃなくて。

 ご飯行こって誘ってほしいんだけど。

 

 必死にそう言葉にしようとするも、やっぱり言葉が出てこない。

 それに。


「……もらう」

「そ、そっか」

「ちょっと、食べてくる」

「え、ここで食べたら」

「いいの。食べてくる」


 私はダッシュで教室を出て、人のいない階段の踊り場へ。


「……上山君の、パン。えへへ、上山君のパンだ」


 彼の鞄から出てきたパン。

 なんてことはない、ただのクリームパン。

 袋に入っていたのに、ほんのり彼を感じるのは気のせいだろうか。


「はむ……えへへ、上山君の味がする」


 そんなわけないけど、そんな気がして。

 私は踊り場の隅で一人、お腹を満たして。


 どこか心も満たされていた。


 

 

 

 

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