第10話
「あら、雪乃?」
「……お姉ちゃん?」
死にそうで困っている私の名前を能天気に呼ぶのは誰だと、イライラしながら振り返るとそこにいたのは。
私の姉だった。
冬咲いちご。
同じ高校の三年生で、今年から生徒会長になった超優秀な姉。
……って、今は姉のことを語ってる場合じゃない。
とにかく今はこの状況を脱しないと。
混乱する頭を必死にフル回転させる。
「お、お姉ちゃん奇遇だね。ちょっと買い物していかない?」
「は? どこになに買いに行く……ん、その子は?」
「あ、僕は雪乃さんと同じクラスの上山といいまして」
「ほう」
ニヤリと、姉が笑う。
渡りに船だと思っていたが、どうも違うようだ。
「雪乃、あんたもなかなかやるわね」
「な、なんのことかな?」
「まあ、取引次第であんたの提案に乗ってあげなくもないけど、どうする?」
「取引……」
私の姉は、よく取引という言葉を使う。
そして大体出してくる条件はろくなものがない。
ただ、今は背に腹はかえられぬというか。
首を傾げながらこっちを見てる上山君にこれ以上不信感を持たれないように早くこの場を去らないと。
「乗るから。だから買い物」
「はいはい。というわけで上山君とやら、妹は借りていくから。またね」
「は、はあ」
姉はぐいっと私の手を引いて、そのまま彼から逃げるように反対側へ私を連れてってくれた。
そして上山君の姿が見えなくなったところで姉は足を止める。
「さあて、あの子は一体誰なのかしら、雪乃」
「お、お姉ちゃん?」
「気持ち悪いからその呼び方やめなさい。もしかして彼氏? いや、あの感じだとまだ付き合ってはいないわね。さてと、取引ね。助けてあげた代わりに、帰ったらさっきの子のこと、洗いざらい話しなさい」
「……はい」
そうくると思った。
姉は学校では真面目で規律正しく威厳すら感じさせる生徒会長なのだけど。
実は恋バナが大好きなのである。
ちなみに今まで彼氏はずっといない。
モテるけど、恋人というよりは憧れみたいな存在として見られるのが主な原因だろう。
そしてあまり自分自身のことに興味がないというのもある。
おせっかいというか、世話焼きというか、そんな人。
「ねえいちご、お母さんには内緒にしててくれる?」
「さあ、それも取引次第かしらねえ」
「うう……」
帰り道、私は別の意味で泣きそうだった。
ややこしい人間に上山君のことを知られてしまった。
いちご、おせっかいだからなあ……。
♤
「……結局、なんだったんだろ」
家に帰って部屋でまた一人、考えこむ。
冬咲、泣いてたよな。
拓真や富永らと喧嘩でも……いや、それなら俺が呼ばれるのも変か。
じゃあなんだったんだろう。
それに、さっきの人、姉ちゃんって言ってたな。
冬咲の家族に、会っちゃったよ俺。
……俺のこと、お姉さんになんて説明したんだろう。
♡
「ほうほう、つまり雪乃は上山君とやらのことが好きすぎて夜も眠れず朝はお寝坊さんな乙女になっちゃってるわけだ」
「しーっ、いちご声が大きいよ」
「ママはお風呂、パパは出張でいないから大丈夫よ。それより、上山君の親がやってる喫茶店に通って先に親と仲良くなって家まで押しかけて彼の家で一眠りして、手を出されなかったからビービー泣いてたってどんなメンヘラよあんた」
「あうう」
私の部屋にて。
私を部屋の隅に追い込んで尋問して、その挙句にケタケタ笑いながら私をいじるいちご。
ほんと、この姿を学校のみんなに見せてやりたい。
私が卑屈になった原因の半分はいちごのせいだ。
元々何事にも臆病でマイナス思考な私と対照的すぎるいちごといつも比べられて、私は一層卑屈に育った。
全部が私の上位互換な姉。
そんなのが身近にいてあれこれとおせっかいを焼かれてコンプレックスだらけになってしまったのである。
お願いだから私の純粋な恋心で楽しまないでほしい。
「んで、あそこで何してたの?」
「え、ええと……ちょっとお話を」
「わざわざあんな暗いところで? あんた、へんなこと考えてなかったでしょうね?」
「か、考えてないよ! そりゃ、周りに誰もいないなあとか、電信柱の陰でなら色々できるかなあとか、それくらいは考えたけど」
「あんたってほんと見た目と中身がズレてるわよね」
呆れたようにため息をついたいちごは「もう飽きたからいいわ」なんて言いながら部屋を出ていった。
ようやく、私は一息。
「づがれだ……ん?」
一息ついて、我に返って大事なことを思い出す。
結局、上山君と仲直りも何もできていないままだ。
どうしようと焦るものの、時刻はもう夜の10時を過ぎている。
今から彼の家になんてことはできないし、連絡先も結局聞けずじまい。
「どうしよう……さくら、助けて」
困った時の親友さくら。
急いでラインをするも、しかしさすがにもう寝てしまったのか既読にならない。
どうしよう。
このまま明日を迎えるなんてできない。
死ぬ。
明日上山君をお迎えに行けない。
行ったとしても気まずさで死ぬ。
どうしよう。
「……んん?」
焦りと不安でまたまた泣きそうになる私のところに、ラインがきた。
さくらだと思って急いでスマホにかじりつく私だったけど。
その相手の名前に私は目を見開いた。
「上山……?」
上山悠太という人からラインがきた。
内容は、「斎藤経由で教えてもらったんだけど、冬咲で合ってる? もし悩み事があるなら言ってくれよ」というものだった。
「……え! 上山君からラインきた!?」
思わず大声が出てしまった。
すぐに部屋の外から「静かにしなさい」とお母さんの声がして口を塞ぐ。
そして恐る恐るもう一度。
画面を見ると確かに上山君からメッセージが来ていた。
「……好き」
スマホを胸に当てながら私は喜びに震える。
どこまでも上山君は優しいなあ。
いつも無愛想で言葉足らずな私のことをずっと気にかけてくれている。
そんな上山君と、つながっちゃった。
連絡先、知っちゃった。
これで毎日、彼と繋がっていられる。
「……なんて返事、しようかな」
悩み事なんていっぱいあるけど、ちゃんと聞いてくれるのかな。
結婚式は洋装がいいけど、上山君の好みはどうなのかな?
新婚旅行は国内がいいけど、海外行きたいって言われたらどうしよう。
お料理苦手だけど、ちゃんと教えてくれる?
ねえ、子供は三人は欲しいけどいーい?
……何から聞こうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます