第9話


「……もしもし?」


 夜、拓真から電話がかかってきた。

 こんな時間にあいつから連絡がくるなんて珍しい。

 ていうか電話なんていつぶりだ。


「悠太、今からちょっと出てこれない?」

「なんだよ急に。今日は疲れてんだよ」

「そんな疲れも吹っ飛ぶって。なっ、学校裏のファミレスいるから」

「一人でいるのか?」

「いやー、さくらと」

「富永と? なんで?」

「たまたまばったり会ってだな。でも二人ってのも気まずいからお前呼ぼうかなって」

「……お前って、案外鈍いんだな」

「は? どういう意味だよ」

「いい。俺は空気読んで寝る。おやすみ」

「お、おい悠太」


 そのまま電話を切った。

 拓真のいつもの気まぐれだろうし、それに、俺は富永がいると聞いて行くのをやめようと決めた。


 富永さくら。

 学年でも一二を競う人気の女子だそうで、実際に彼女はとても美人だ。

 俺はギャルが苦手なので話したことはないけど、拓真と話してる時にあいつを呼びに時々やってくるからなんとなくいい人そうなのは知ってる。


 で、拓真のことを好きなんだろうということも。

 明るくて強気で、誰にも物怖じしない雰囲気の彼女が、拓真と話す時だけ少し照れるというか。

 目を逸らしながらモゴモゴと喋る。

 なるほど、恋する乙女というやつだ。

 恋愛経験のない俺だってそれくらいはわかる。

 最も、肝心の拓真はそれに気づいてない様子だけど。


 富永の邪魔したら悪いもんな。

 それに、やっぱり今日は気分が乗らない。


 冬咲のやつ、やっぱり怒ってたよな。

 勝手に寝たのはあいつだけど、好きでもない男に寝顔見られたら嫌な気持ちになるのも当然か。


 はあ……明日、なんて話そうかな。

 ていうか、明日は迎えにきてくれるのかな。



「……すまん、断られた」

「しゅん……」

「落ち込むなよ冬咲。なんかあいつも元気なかったし、もしかしたら冬咲と喧嘩したと思って落ち込んでるかもだろ?」

「……私と会いたくないんだ。きっとそうだ」

「いや、だから冬咲がいることは言ってないし」

「じろっ」

「に、睨むなよ」


 斎藤君の電話で上山君が来てくれると思って舞い上がっていた私は彼が来ないとわかってがっくり肩を落とす。


 斎藤君のせいじゃないとわかってるけど、でも、親友だというのならもうちょっとうまくやって欲しかったと。


 逆恨みして彼を睨みつける。

 すると困った様子でさくらに泣きついていた。


「な、なあさくら、連絡先教えるからお前からもあいつに声かけてやってくれよ」

「ふん、私と二人だと気まずいんでしょ」

「そ、それは方便ってやつだろ」

「知らない。ここ、あんたの奢りだからね」

「なんでお前まで怒ってんだよ……」


 不機嫌な女子二人に囲まれて焦る斎藤君。

 でも、私が気になったのはそっちじゃない。


 さくらだ。

 可愛い。

 拗ねてる。

 

 やっぱりさくら、斎藤君のことが好きなんだ。

 ほんとはやっぱり、私なんかじゃなくて斎藤君と二人の方が嬉しいんだよね。


 それじゃ私がいない方が……それに上山君も私なんか……私、いらない子だ……。


「さくら、私帰る」

「どうしたのよ雪乃? 上山君のことはどうするの」

「私、いらない子だから」

「ち、ちょっとさくら?」


 財布に入っていたありったけの小銭を出すとちょうど二百円あったのでそれを置いて。


 先に店を飛び出した。

 チラッと振り返ると斎藤君がさくらに怒られている様子だったけど。

 それでもどこか嬉しそうなさくらを見て、これでいいんだと。


 一人、暗い夜道に飛び出したところで私は。


「ぐすん……」


 涙が出てきた。

 何もうまくいかない。

 上山君の家にお邪魔して、色々アピールしたのに届かない。


 それどころか親友の恋路にまで迷惑かけて。

 私なんか、私なんか……


「冬咲?」

「……上山、君?」


 夜道をトボトボ帰る私の前に、幻が現れた。

 そう、これは幻。

 上山君がここにいるはずがないもん。

 私がおかしくなって、ついに上山君の幻まで見えるようになったんだ。


「おい、冬咲泣いてるのか?」

「……」


 これは幻聴だ。

 だって、上山君はさっき斎藤君の誘いを断って……


「何があったんだよ? もしかして変な人に襲われたのか?」

「……あれ? なんで、いるの?」


 ゴシゴシ目を擦ってもう一度目を凝らす。

 目の前にはやっぱり上山君がいる。


「いや、あのあとすぐ拓真からラインきてさ。その、冬咲もいるって聞いて、それで、ええと」

「私がいるから来たの?」

「ん、まあ、もし帰りに一人になったら危ないかもなあとか。ほら、冬咲って変な人に絡まれやすいって言ってたし」

「……そっか」


 少し息を荒くしながら私を心配してくれる彼を見ると、止まりかけた涙がまたじわっと目の奥かは溢れそうになるのがわかった。


 でも、こんなところで泣いたらまた迷惑かけちゃう。

 それに、私の家……すぐそこなの。


「だ、だいじょぶ」

「ほんとか? さすがに夜だし近くまで送るよ」

「だ、だいじょぶ」

「でも」

「ん、んーと」


 なんとして私の家が上山君の近所ではなく学校の裏手にあるという事実を隠したい。


 でも、なんて言えばいいのかわからない。

 せっかく仲直りするチャンスなのに、ここで彼の優しさを無碍にしたらまた……。


 どうしよう。


 上山君がきてくれて嬉しいはずなのに。


 死んじゃう!

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