第7話


「寝ちゃった……よっぽど疲れてたんだな」


 布団をかけてやるとすぐに冬咲は寝てしまった。

 いつものツンとした表情とは違って、寝顔はひとに穏やかで可愛らしい。


 ……寝顔、見てしまった。

 この寝顔を今俺が独占してるなんてちょっと信じられない。

 俺の家であの冬咲が無防備に寝てるなんて、ほんと夢のようだ。


 ほんと……


「可愛いよなあ」


 冬咲が起きていたら絶対に言えないけど。

 いつか、そんなことを言えるような関係に……なれるのかな。


「ただいまー」

「……やば」


 冬咲の寝顔にうっとりしていると、母さんが帰ってきてしまった。


 どうしようかと焦る間もなく、母さんはリビングにきてしまった。


「こら、おかえりくらい言いなさい悠太……ってその子」

「ち、違うんだよ母さんこれには事情があってだな」

「ふーん、なるほどねえ。あ、母さん店に忘れ物してきたわ。しばらく帰らないからゆっくりしてなさい」

「母さん?」

「じゃあねー」


 たっぷり誤解した様子で母さんはニヤけながら出て行ってしまった。


 しかし、妙に物分かりがよかったのも気になる。

 ……さすがに父さんが帰ってくるまでには冬咲を帰さないとな。


「……もう少ししたら起こすか」


 でも、ほんと気持ちよさそうに寝てるな。

 信用されてる証拠なのか、それとも男として見られてないってことなのか。


 どんな夢、見てるんだろ。



 上山君の匂い。

 上山君の温もり。


 私、とても幸せ。

 今、彼の家で彼と一緒に寝て、この後はお母さんと一緒に料理なんかしちゃって。


 えへへ、なんだか新婚さんみたい。

 上山君、大好き。


 上山君、ちゅー。

 早くお部屋行こ。

 今日は私、寝かせないからね。


「……ん?」

「あ、起きた?」

「上山、くん……ん?」


 ぼやっとした視界が晴れていく。

 目の前で、上山君が私を心配そうに見つめている。


「夢……」

「ぐっすりだったな。よっぽど疲れてたみたいだけど気分は?」

「……だいじょぶ」


 少しガッカリ、そしてすぐに我にかえる。

 私、彼の前でずっと寝ちゃってた。

 どうしよう、どうしよう、バカだと思われる。


「冬咲? まだ気分悪いのか?」

「……ずっと寝てた?」

「ああ」

「……」


 ということはつまり、ずっと私は無防備に彼の前で寝顔を晒していたということになる。

 死ぬ。


 それに、彼はそんな私を前にして何もしなかったってことだよね?


 死にたい。

 私のこと、やっぱり興味ないんだ。


「帰る」

「お、おい」

「帰る」

「ふ、冬咲?」

「もう帰るの」


 色んな感情に押しつぶされそうになって、涙が出そうなのを必死にこらえながら私は飛び起きて一目散に玄関に逃げた。


 そして心配そうに追いかけてくる彼を振り切って私はそのまま外に飛び出して。


 走って逃げた。


 せっかく上山君の家にまでお邪魔できたのに。

 何も、してくれなかった。


 私なんか、やっぱり女として魅力ないんだ。


「ぐすん……上山君のバカ」


 泣きながら、一人寂しく家に向かった。

 幸い、帰り道で誰かとすれ違うことはなかったけど。


 もう、すっかり日が暮れてしまっていた。


 

 

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