第6話


「はいお茶、どうぞ」

「ありがと」


 初めて男の子の家にあがった。

 ドキドキどころではない、死にそう。

 でも、落ち着いた彼の様子を見ると少しモヤモヤしてくる。

 彼はこんなふうに女の子を家に招くのは初めてじゃないのかな、とか。

 このソファには他にどんな子が座ったことあるのかなとか。

 想像したら、胸が苦しくなってくる。


「……」

「冬咲、ほんとに大丈夫か? ほんとにしんどいなら誰か迎えにきてもらうとか」

「だいじょぶ」

「でも」

「だいじょぶ」

「……わかった。とりあえずまだ母さんも帰らないからゆっくりしてて」


 そう言ってから上山君はまたリビングを離れた。

 私は、震える手でグラスを持って、そっとお茶を飲む。

 

 このコップ、上山君が使ったことあるやつかな。

 だったら間接キス、なのにな。

 

 ……でももし、このコップだって昔の女に使ってたものだったら。


 ヤダ。

 その女死ね。

 誰そいつ、殺したい。


 そんな子、いないよね?

 

「上山君のお母さん、いつ帰ってくるんだろう」


 妄想にイライラさせられながらも、私は次のことを考える。

 まず、彼のお母さんに会いたい。

 会って、ちゃんとご挨拶したい。

 上山君の将来のお嫁さんです、なんて。


 ……今はまだ付き合ってないけど。

 でも、家に招いてくれたってことは彼もその気があるってことだよね?

 だからしっかりお母さんにも気に入られないと。

 嫁姑の関係って、結婚する時にはとても大事だもんね。

 彼もゆっくりしていってって言ってくれてるってことは、お母さんが帰ってくるまで待っててってことだよねきっと。


 そうじゃなかったらお茶飲んだらすぐ帰れって言うはずだもんね?

 ふふっ、そうだとわかるとちょっと嬉しい。

 昔のことはわからないからヤキモキするけど、今は私が一番ってことだよもんね。


「冬咲、気分はよくなった?」


 彼が戻ってきた。

 私は、彼の声を聞くと緩みかけた緊張がまた全身を駆け巡る。


「……だいじょぶ」

「そうか? なんか顔が赤いけど」

「気のせい。お茶、おいしい」

「そっか、ならいいんだけど」

「うん」


 彼を前にすると、途端に言葉が出てこなくなる。

 元々人見知りで誤解されやすい無愛想な私がもっと無愛想になる。

 もっと甘えたり笑ったりしたいのに。

 それに聞きたいこともたくさんある。

 頑張って聞くんだ私。


「……家には、よく誰か来るの?」

「いや、恥ずかしい話だけど全然。たまに拓真が来るくらいかな」

「斎藤君と、仲いいんだ」

「まあ、中学からずっと一緒だし」

「他は?」

「他? いや、そもそもそんなに友達多くないからさ」

「休みの日とかは、何してるの?」

「うーん、週末は両親の店の手伝いとかが多くて。うち、駅前で喫茶店してて」

「ふうん」


 初めて聞いた風に頷いたけど、知ってる。

 彼の両親がしてるお店、「喫茶上山」はこの辺では一番オシャレな、少しレトロな雰囲気の漂う人気店だもんね。


 そして私は先週から常連である。

 大人ばかりのお店に女子高生が一人ポツンとカウンターで、しかもコーヒーが飲めないからココアを頼むなんて、そんな客はやっぱり珍しいようで、お母さんがいつも私を気遣って話しかけてくれるわけ。


 実はもう、仲良しなの。

 まだ、上山君とどういう仲なのかは話してないけど同級生だということは伝えてある。

 

 それにここ数日でとても仲良しになったから。

 だからお母さんへの挨拶もバッチリだから。

 心配いらないよ、上山君。

 いつでもお嫁さんになる準備、できてるから。


「……休みたいな」


 勇気を出して言ってみた。

 ネットで見たけど、男の人と二人っきりでこの台詞をいえば、つまりそういうことだと。

 女子からのOKサインだということを私は先日学んだのだ。


 いやらしい女だと思われるかもしれないけど、今の時代待ってるだけが美徳ではない。

 私は上山君に……。


「ええと、それならここで横になる?」

「こ、ここで?」


 思わず声が裏返ってしまった。

 てっきり彼の部屋に行くものだとばかり思っていたから、大胆な提案に私は目を丸くしてしまう。


 まだ日が沈みきっていない。

 そして西陽がよく当たるこのリビングで、布団もないのに一緒に寝るだなんて……上山君ったらやっぱり男の子なんだ。


 でも、恥ずかしいけど、嬉しい。

 私、頑張る。


「あの、ごめんやっぱりこんなところで横になるなんて変だよね」

「……ううん、だいじょぶ」

「無理しないでくれよ? 嫌なら嫌で」

「嫌じゃないから」


 気を遣ってくれるほど、私は意地になる。

 それに、嫌じゃないってのは嘘じゃない。

 ちょっと恥ずかしいけど、それ以上に彼に求められていることが嬉しい。


 私は、身を預ける覚悟でソファに横になる。


「……」


 目をつぶって彼を待つ。

 しかし、緊張しているのか彼はこない。


 それどころか、トコトコとどこかへ行ってしまった。


「……」


 いや、さすがにこのままだと恥ずかしいから布団を持ってきてくれてるに違いない。

 ほら、すぐに戻ってきた。


 あ、布団かけてくれた、あったかい。

 えへへ、この布団にこのまま二人でくるまって……でへへ。


「……」


 まだ、彼はこない。

 まだ、緊張してるのかな。

 でも、これ以上私の方から積極的になるのはちょっとヤダ。

 淫らな女だと思われたくない。


 彼の覚悟が決まるのを待つのみ。

 もう、準備万端なんだから。


 えへへ、なんかあったかくなってきた。

 頭がフワフワしてきた。


 あー、なんか布団いい匂い。

 上山君の匂い。

 眠たくなってきちゃった。

 

 

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