第5話


「……冬咲、大丈夫かな」


 放課後になった。

 結局冬咲は午後の授業の途中から保健室に行ったきり、戻ってこず。


「うーん」


 俺はこのあとどうすればいいか悩んでいた。

 下校も彼女と一緒と約束はしているが、いつもは先に冬咲が学校を出て俺がその後ろを追いかけて、交差点で待つ冬咲と合流してから帰宅という流れ。

 もちろんこれは全部冬咲の指示。

 でも、今日は先に帰っているのか保健室にいるのかがわからない。


 かといって、俺が迎えにいくのも不自然だ。

 あの時はたまたま隣の席の俺に冬咲を連れていくよう先生がお願いしただけで。


 冬咲だって、保健室にまで迎えにこられたら迷惑がるかもしれない。


 ……もう少しだけ教室で待っておこうか。

 しばらくしても戻ってこなかったら考えよう。



「……こない」


 放課後になったのに、神山君がこない。

 絶対来てくれると思っていた分、余計にガックリくる。


「冬咲、そろそろ私も帰るぞ」

「ううっ、上山君が来ないよう……」


 西宮先生は呆れ果てていた。

 でも私は、帰らないといけないと思いながらも足が動かない。

 教室に戻って彼がいなかったらショック死しそうだし、待ち合わせ場所に先に彼がいたらキュン死にしそうだし、もし保健室に迎えに来てくれててすれ違いになったりしたらもう後悔の念に押しつぶされてやっぱり死にそう。


 今、上山君が迎えにきてくれたらなあ。

 でも、ないだろうなあ。

 もしかしたら今日は先に帰って……もしかして他の女の子と遊びに!?


「あの、冬咲はいますか?」


 妄想で自滅しそうになったその時。

 ガラガラと戸が開いて、聞き覚えのある声が聞こえた。


「ああ、君か。冬咲は奥だ。早く連れて帰れ」

「先生、怒ってます?」

「いや、呆れてる。おい冬咲、出てきなさい」


 先生が私を呼んだが、私はカーテンの奥のベッドの上で呼吸を荒くしていた。


 どうしよう、来てくれた。


 死ぬ、死んじゃう。

 嬉しすぎて死んじゃう。


「冬咲、体調は良くなったか?」

「だ、だいじょぶ」


 上山君が心配してくれてる。

 早く出ていかないと。

 深呼吸して……すーはー。


「……お待たせ」

 

 彼の方を極力見ないようにしながらカーテンを開ける。

 でも、どうしても視界に入ってしまう。


 心配そうに私を見る上山君。

 やばい、マジやばい。

 語彙力死んだ。


「冬咲、帰れるか?」

「う、うん……ううん?」


 上山君が手を差し伸べてくれてる。

 もしかして、手を繋いで帰るってこと?

 え、どうしよう?

 それに歩けないフリしたら手繋ぎどころかおんぶとかも……ううん、それ以上のことだって。


「こら、早く帰れ」

「あ、待って先生」

「ダメだ、保健室で変なこと考えるな」

「……」


 色々迷っている私を見かねて、先生が代わりに手を引いて私を外へ放り出した。


 そして上山君と先生も出てきて、施錠をされて。


 再び、さっさと帰れと言われて私たちは静かに校舎を後にするのであった。



「冬咲、気分はどう?」

「……だいじょぶ」


 帰り道。

 なにを聞いても冬咲は「だいじょぶ」としか答えない。

 壊れたように。

 いや、様子を見るからに拗ねてるように見えるけど気のせいか?


 うーん、会話が続かない。

 もうすぐ家に着くってのに。

 やっぱり保健室まで迎えに行ったのは失敗だったかな?


「なあ、今日は家まで送っていかなくて大丈夫なのか? 病み上がりだろ?」

「私の家、気になるの?」

「そ、そういう話じゃなくてだな。一応先生に冬咲のことを任されてる以上その責任をだな」

「責任とってくれるの?」

「え?」

「……とるの、とらないの、どっち?」

「……」


 急に何の話かと考えたけど、ちゃんと先生に言われたことを全うしろと言いたいのだろうかと、俺は勝手にそう解釈した。


 責任なんて重い言い方だったからドキッとしたけど、ちゃんとしろってことだよな。

 それなら俺だって。


「ちゃんとするよ」


 男らしさというより、ちゃんとした人間だと思ってほしいし。

 体調の悪い冬咲を不安にさせまいと、はっきりそう言った。


「……ほんと?」

 

 すると彼女は少し嬉しそうに俺を上目遣いで見ながら照れていた。

 

 ちょっと予想外な反応に俺はまたドキドキさせられたが、ちゃんとすると言った手前、ここで俺がフラフラしていたらダメだと気を引き締め直す。


「ええと、そういうことだから冬咲の家の近くまででも送るよ」

「ううん、大丈夫。今日は上山君の家でいいから」


 今日は、というよりそれなら今日も、だけどなと。

 ここまで言ってもまだ信用しきってはもらえないのかと少し残念に思いながらも。


 足を止めることなく淡々と家を目指す。


 道中はその後無言だった。

 時々彼女は俺を見てくるが、顔が赤くまだ熱っぽい感じがするので、無理に気を遣わせないように俺も特に話しかけたりはせず。


 やがて、俺の家の前に到着した。


「……着いたけど、ほんとに大丈夫?」

「うん」

「そ、そっか。じゃあここで。また明日」


 彼女がここでいいと言う以上、これ以上しつこく家まで送るなんて言えるはずもなく。


 俺は先に家の中へ向かう。


 すると、


「私、大丈夫だから」


 と、言いながらなぜか冬咲が俺についてきた。


「ん? ええと、大丈夫?」

「……と、とりあえずお茶、飲みたい」

「お茶? え、もしかして家にくるってこと?」

「外はさすがに……」

「そ、それはそうだけど……いいの?」

「ダメなの?」

「そんなことはない、けど」


 急に家に来ようとする冬咲に俺は当然戸惑っていたが。

 玄関先で少し息苦しそうにする彼女を見ていると、それどころではないと。

 今起きていることの整理がまだつかないまま俺は、彼女を急いで家にあげた。


「ええと、どうぞ」

「お邪魔します」


 初めて、女の子を家にあげた。

 冬咲が靴を脱いで淡々と家に入ってくる。

 しかしそんな様子に緊張する前に、ずっと苦しそうな彼女をまず休ませてあげないと、という一心で彼女をリビングへ案内した。


「そこのソファ座ってて。お茶、持ってくるから」

「うん」


 いつもの見慣れたリビングなのに、そこに冬咲がいるだけでまるで別の人の家に来たような緊張感が走る。

 俺は逃げるようにキッチンへ向かい、震える手で冷蔵庫からお茶を出す。


 変な気分だ。

 というより、悪いことをしている気にさせられる。

 冬咲は、気分が悪くて飲み物が欲しいからという理由でここにいるだけなのに。


 女の子を家に連れ込んでしまった背徳感みたいなものを感じてしまう。

 意識したらダメだとわかっていても無理な話だ。

 夕暮れ時に、誰もいない家で同級生の女の子と二人っきり。

 ただ、冬咲は体調が悪くて休みたいだけなんだと自分に何度も言い聞かせて深呼吸して。


 ようやく手の震えが止まってから、お茶を持ってリビングへ戻った。


 

 

 


 

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