第3話

「上山君、ちょっといい?」


 昼休み。

 珍しく、というより初めて冬咲の方から俺に話しかけてきた。


「な、なに?」

「お弁当、いつも誰が作ってるの?」

「え? 自分で作ってるけど」

「自分で……ほんとに?」


 じとっとした目で睨まれた。

 そんなに料理しなさそうに見えるのだろうか?

 俺、こう見えて結構几帳面なんだけどなあ。


「うちは両親が共働きだから。それに、小遣いも少なくて、だから自分で作ってるんだ」

「そ。じゃあ、なんでも作れるの?」

「まあ、レシピ見ながらだったらそれなりには」

「……わかった」


 冬咲はまた黙り込むと、カバンからパンを取り出した。

 

「私は毎朝買ってきてる」

「パンが好きなの?」

「嫌い。喉乾く」

「じゃあなんでパンに?」

「コンビニのお弁当はもっと嫌いだから」

「なるほど……」


 ふたたび、彼女は黙り込む。

 全然なるほどでもなくて、結局何が言いたかったのかさっぱりわからなかったが、もしかしたら彼女なりに気を遣って何か話そうとしてくれたのかもしれない。


 そう考えると、少し嬉しかった。

 黙々とパンを食べる彼女の隣で俺も、今日は一人で静かに弁当を食べる。


 いつか、ちゃんと並んで飯を食べる時なんか来るのだろうか。

 いや、全く想像できないけど。


 冬咲は料理とか、しないのかな?



「……」


 今日は私の大好物のチョコチップパン。

 なのに嫌いとか言ってごめんなさい。

 あと、コンビニのお弁当も大好きです。

 でも、そんなこと言ったらコンビニ大好きインキャ女だと思われちゃうし。

 それに、ワンチャン上山君がお弁当作ってくれるなんて展開も期待したんだけど。


 ダメでした。

 はあ……なんで気づいてくれないかなあ。

 そりゃ私だって料理ができるなら彼の為にお弁当の一つや二つ、作ってきたいところだけど。


 ほら、この前のお礼だからって言えば渡しても不自然じゃないし。


 でも……私、料理できないから。

 目玉焼きですら、なぜか私が卵を割ると百発百中で黄身が割れる。

 そして焦げる。

 なんでだろう。


「……ちらっ」


 上山君のお弁当、美味しそう。

 おかずはハンバーグにポテサラ、あとはきんぴらもある。

 すごい、美味しそう。

 料理、教えてほしい。


 でも、本当に両親が共働きだからって、そんなにすぐ料理なんて覚えられる?

 うちも共働きだけど私はさっぱりだし。

 もしかして元カノに教えてもらったとか……ううっ、最悪。

 いや、元カノならともかく今彼女がいたり……ううん、それはさすがにないと思うけど。


 だってここ数日はずっと早朝から彼の家の前にいて、夕方帰宅した後も日が暮れるまでは彼の家の周りをうろうろ……ううん、散歩してるけどそれらしい人はいないし。


 じゃあやっぱり昔の女の影響で……。

 最低。今は私と一緒にお昼食べてるのに、昔の女に教えてもらった料理を披露するなんて。


「ぎろっ」


 思わず彼を睨んでしまった。

 上山君も視線に気づいたのか、チラッとこっちを見て少し焦った様子だったので、私は慌てて視線を逸らした。


 いけない、悪い癖だ。

 勝手な被害妄想で気分を悪くしてそれが顔に出る。

 こんなヒス女、嫌だよね……。


 放課後、何話そうかなあ。



 飯を食べている時、何度か冬咲に睨まれた。

 理由はわからない。

 ただ、怒っているのは伝わった。

 いや、なんで?


「……」

「おい悠太、今日の放課後みんなでカラオケ行かね?」

「ん? ああ、拓真か」

「なんだよそっけないなあ。考え事か? もしかして恋煩いとか」

「やめろ、そんなんじゃないって」


 窓の外を眺めながらぼーっとしているとクラスメイトの斎藤拓真が話しかけてきた。


 サッカー部所属、一年生にしてレギュラー、そして高身長のイケメン。


 ハイスペ男子とはまさにこいつのことだ。

 俺と拓真は中学の頃から仲がよく、学力も二人揃ってそこそことあって同じ高校に進学、そしてなんの腐れ縁か同じクラス。


 昔は俺より身長低かったのにな。


「悠太もそろそろ彼女の一人くらい作ったらどうなんだよ」

「その一人と出会う為に世の中の男はみんな必死だっての。お前みたいなモテ男を除いてな」

「はは、おれだってなんも頑張らずにモテてるわけじゃねえよ。まめにラインしたり機嫌とったり必死さ」


 と、笑う拓真も今は彼女はいない。

 中学の頃は好きな子がいたらしいけど、その子とどうなったかも話してくれないし、よく女の子に誘われて飯とかは行ったるようだが具体的な話はない。


 こいつ、今も好きな子とかいるのかな。


「拓真こそチャラチャラしてないで彼女作れば?」

「んー、今はいいかな。みんなでワイワイしてる方が楽しいし、お前と遊ぶ時間なくなるだろ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

「悠太こそ、冬咲とはどうなんだ?」

「……へ?」

「知らないとでも思ってたのか? お前、入学してからずっと冬咲のこと気になってるだろ」


 耳打ちするように小さな声で拓真が嬉しそうに言う。

 

「ば、ばか言うなってなんで俺が」

「前に他のクラスのやつに冬咲が告白されてた時もソワソワしてたぜ。それに、最近帰りが早いのも冬咲とコソコソ会ってるからだろ」

「な、なんで知ってるんだよ」

「この前お前に借りた漫画返そうと思ってお前ん家に行ったらよ、家の前で二人で話してるところ見ちゃってさ。なあ、付き合ってんの?」

「そ、そんなわけないだろ。俺はただ冬咲に頼まれてだな」

「何を頼まれたら一緒にお前ん家に行くことになるんだよ」

「それはだなあ」


 かくかくしかじか。

 俺と冬咲が毎日登下校を共にするようになった経緯を、拓真にだけ聞こえる声で説明した。


「……ってわけだよ」

「ふーん。おめでたいなあお前らって」

「は? どういう意味だよ」

「べつにー。ま、付き合ったら付き合ったでちゃんと言えよ」

「だからそういうんじゃ」

「はいはい、んじゃまたな。週末は空けといてくれよ」


 ぽんぽんと俺の肩を叩いて拓真は席に戻った。

 その後、横目で冬咲を見ると彼女は集中した様子で読書をしていた。


 どうやら会話は聞かれてないようだ。


 でも、俺と冬咲が付き合うなんて、そんなことあるのかなあ。


 ……あーもう、拓真のやつ余計なこと言いやがって。


 

 



 

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