第2話
「おはよ」
「……おはよ」
朝、上山君の家の前で私は彼を出迎える。
先日、街でナンパされて困っていたところを助けてくれた彼に私は、変な人に声をかけられることが多いからという理由で一緒に登下校してほしいとお願いした。
もちろんそんなの嘘である。
私は以前から上山君のことが気になっていた。
入学してすぐの実力テストの時に、消しゴムを忘れて困っていた私は誰にも相談できずに悩んでいたんだけど。
隣で筆箱を漁りながら焦る私を見てそれに気づいたのか、休み時間に私がトイレに行っている間にこっそり消しゴムをひとつ机の上に置いてくれていたの。
消しゴムの底に「上山」とマジックで書いていたから、誰のものかすぐにわかった。
彼は私にそれを貸したことも忘れてるのか、返してくれとも言ってこないけど。
私も、返す気はない。
あれは私の宝物だから。
そして、そんな彼が私のピンチに駆けつけてくれるなんて、これは運命だと確信した。
もちろん彼が近くにいたのは偶然ではない。
次の日に街へ買い物へ出かける予定だと、席で友人と話していたのを隣で盗み聞きしていたから、私は朝からずっと街をぶらぶらしてた。
そして彼の姿を見つけて、目が合いそうになったので思わず路地裏へ逃げ込んだところで変な男に捕まったんだけど。
彼が私を助けに来てくれるなんて夢にも思わなかったから、心臓が止まりそうだった。
でも、あまのじゃくな私はついつい冷たい態度をとってしまって。
ろくにお礼も言えないまま、変な要求をしてしまったというわけ。
もちろん彼は優しいから快諾してくれたけど。
私は、恥ずかしさのあまりさっさとその場を去ってしまった。
彼の家も聞かずに。
連絡先だって知らないのに。
大馬鹿である。
だから私はその翌朝、彼が残したヒントを元に上山の表札を探し回った。
まだ日が昇る前からずっと。
この辺りって家が多いし、薄暗いからほんと時間がかかったけど。
彼が登校するまでにようやく彼の家を発見した。
そして何食わぬ顔で彼を迎えて、初めて一緒に学校に向かったあの日のことは私の中で一生忘れられない出来事の一つ。
それから毎日。
登下校は彼と一緒。
ドキドキ。
ちなみに私の家は学校のすぐ裏にある。
だから家がバレたら彼と登校したいがためにわざわざ一度学校を通り過ぎて迎えに来ているという事実がバレてしまう。
なので知られたくない。
本当は一緒に教室まで行きたいのだけど、私の家を知っている友人が目撃したら不審に思われてしまう。
そういうわけで、正門が見えるところまでが彼と私のデートスポット。
帰りも一緒。
学校を出て少し歩いたところの交差点で待ち合わせて。
彼の家まで一緒にデート。
そのあと、誰にも見つからないように来た道を戻って帰宅していることは誰にも言えない。
今日も、彼と一緒に途中まで登校して。
涙ながらに彼を置いて先に教室へ。
ふふっ、だけど彼はいつも同じペースで私を追いかけてきてくれる。
私が席についてから約五分三十秒で彼は教室へやってくる。
……あれ? やってこない。
なんで?
なんでこないの?
もしかして、私以外の女の子と話してる?
んん、だとしたら許さない。
だとしたら私……
「ぁ」
時計と睨めっこしているとガラガラと教室の戸が開いて、私は小さく声が出た。
上山君が来た。
私が到着したから約七分後。
いつもより一分半遅い。
一分半あれば……女の子とラインの交換くらいはできる時間だ。
浮気だ。
私のこと、雪乃って呼び捨てにしたくせに。
その気にさせたくせに。
優しくしたくせに。
他の子にうつつを抜かすなんてダメ。
ちょっと、怒ってるアピールしちゃう。
「……何してたの?」
「え? いや、別にいつも通り冬咲の後を」
「遅い。私が見える範囲で後ろをついてきてって言ったよね」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してて」
「何考えてたの?」
「いや、何って言われても」
「女の子のことでしょ。ふん、知らない」
「……」
上山君は困っていた。
そりゃそうだ、私は困らせようとしてこんな意地悪を言ってるのだから。
でも、否定はしてくれなかった。
本当に女の子のこと、考えてたのかな?
……やだ、やだやだやだ。
どうしよう、涙が出そう。
今、きっとすごい顔してると思う。
上山君の方を向けない。
……今日の帰りこそもうちょっとちゃんと喋れるようになろう。
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