クールな同級生の雪乃さんは、今日も密かに病んでいる
明石龍之介
第1話
「おはよう、冬咲」
「……おはよ」
朝、家を出ると冬咲が家の前で待っていた。
冬咲雪乃。
うちの学校でも評判の美人な同級生。
まっすぐに腰まで伸びた艶やかなロングヘアがよく似合う、少しツンとした顔立ちの子。
いつもムスッとしているが、まっすぐ通った鼻筋と瑞々しい口元、それに目力の強いアーモンドアイは作り物のように整っている。
背は少し低く体も細いが、どこか柔らかみのある彼女はそれはもうモテモテで……というわけでもない。
クールというより無愛想。
入学当初はその見た目に惹かれた男子たちが群がっていたが、誰に対しても塩対応なせいで、ゴールデンウィークが明ける頃にはすっかり冬咲フィーバーは落ち着いていた。
もちろん冬咲が美人である事実に変わりはないので、一定数以上のファンはいるようだけど。
そんな彼女が誰かと話しているところを俺は見たことがなかった。
同じクラスの隣の席なのに。
俺も、つい先日までは彼女と一言も交わしたことはなかったのだけど。
「冬咲、そういや部活は決めたの?」
「まだ。入りたい部活ないし」
「そっか。でも六月末が期限だろ?」
「そっちこそ決めたの?」
「いや、俺もまだだけど」
「そ」
会話を終えるとそっけなく黙り込む彼女と、それでもここ数日でこの程度のやりとりはできるようになった。
「そろそろ学校着くけど」
「うん。じゃあ、また後で」
正門が見えてくると冬咲は俺を置いて先に学校へ向かっていく。
理由は「勘違いされたら困る」からだとか。
つまり俺たちは恋人同士ではない。
それでも彼女が毎朝俺を迎えにくるのには一応理由がある。
まあ、簡単に言えば俺はボディガードだ。
ほんと、変な役を買ってしまったものだと。
俯き加減で小走りに学校へ向かっていく彼女の背中を見ながらあの日のことを思い出す。
◇
先週の休日、買い物に出掛けていた俺は街で偶然冬咲を見かけた。
人混みの中でも一際目立つ彼女にすぐに気づいた俺は、しかしその時は一度も話したこともないクラスメイトの一人でしかなく。
挨拶をすることも声をかけることもなく、なんとなく彼女を遠目に見ながら目的の洋服屋へ行こうとしていたのだけど。
茶髪の大柄な男が、そーっと彼女に近づいていくのに気づいた。
気のせいかとも思ったけど、裏路地に入っていく冬咲の後をキョロキョロしながらついていった挙動不審な男に違和感を覚えて俺もその後を追いかけた。
すると、
「なあ姉ちゃん、俺とお茶しようよ」
男が冬咲の腕を掴んで迫っていた。
「あ、あの……」
「なんだよ、一人なんだろ? ちょっとくらい付き合えよな」
明らかにナンパの域を超えたその様子に、俺はたまらず声をかけた。
「あ、雪乃。な、何してんの?」
それが初めて彼女にかけた言葉だった。
平常心なわけはなく、それでもどうすれば自然に彼女を連れ出すことができるかと一瞬の間で考えた結果、名前で呼んだ方が自然なんじゃないか、なんて。
正直ナンパ男が怖くてそれどころではなかったので、咄嗟に彼女の名前を呼び捨てにしてしまった。
「……なんだよ、コブ付きか」
ただ、結果的にそれがよかったのか男はあっさりとどこかへ行ってくれた。
ホッと一息つくと、同時に彼女も力が抜けたように壁にもたれかかって息を吐いた。
「はあ……びっくりした」
「あの、大丈夫?」
「……うん。助けてくれたの?」
「ええと、まあ。ごめん、さっき偶然見かけて、それで」
「そ。ありがとう」
ぺこりと頭を下げると、彼女はポケットからスマホを取り出して触り始めた。
俺はその様子を見て、彼女が塩対応で有名な女子だったことを思い出す。
助けてもらった直後でも眉ひとつ動かさず平然とする彼女とこれ以上話すこともない。
もう大丈夫そうだしと、そのまま去ろうとしたその時。
「待って」
「え?」
彼女に服の裾を掴まれて引き止められた。
振り向くと、怒ってるような怯えてるような、なんとも言えない表情で彼女が俺を見ていた。
「あの……私、よく絡まれるの。登校中とか、下校中とかも」
「そ、そうなの?」
「だから困ってたの。ねえ、家どの辺り?」
「俺の? ええと、学校からまっすぐ南に歩いた住宅街だけど」
「じゃあ、登校する時付き添い、お願いしてもいい?」
「俺が?」
「嫌なの?」
「嫌とかじゃないけど……」
「じゃあお願いね、上山くん」
そう言って彼女は小走りでどこかへ消えていった。
◇
てなことがあって、次の日の朝から彼女は俺を家まで迎えに来るようになったのだけど。
不思議なことが二つほど。
一つは、俺の家をあんな雑な説明でよく迷わずに見つけられたなということ。
まあ、上山という名字はこの辺りでは珍しいし、学校から下ったところの住宅街を適当に探していればすぐ見つかっただけなのかもしれないけど。
もう一つ不思議だったのは俺の名前を知っていたこと。
まあ、俺だって話したこともない冬咲のことをフルネームで知っていたからお互い様だけど。
冬咲は有名人だからみんな名前くらい知ってる。
でも俺は特に目立つ存在ではないから、知り合いじゃなければクラスメイトだってうっかり名前を知らない奴もいると思う。
だから俺の名前を自然と呼んだ時には少し驚いたが。
まあ、隣の席だしさすがにたまたま覚えてくれていたってことなんだろう。
それに俺を頼ってきたのだって、あの時たまたま助けられたから、そのついでに過ぎないだろう。
過度な期待はよそう。
冬咲は俺にとっては高嶺の花だし。
登下校の時以外は、教室でも廊下でも話すどころか目が合うことすらないわけで。
こうしていつも彼女の背中を遠目に見ながら登校して、少し遅れて教室に入ると先に到着している冬咲はいつも本を読みながら静かに席に座っている。
今日は……時計を見てる?
なんだろう、新しい腕時計買ったのか?
「……」
ただ、俺が隣に座っても何も反応はない。
結局、いつもと変わらず無反応……
「ん?」
着席すると、隣から視線を感じた。
右を向くと冬咲がじーっと俺を睨んでいる。
「な、何?」
「……何してたの?」
「え? いや、別にいつも通り冬咲の後を」
「遅い。私が見える範囲で後ろをついてきてって言ったよね」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してて」
「何考えてたの?」
「いや、何って言われても」
「女の子のことでしょ。ふん、知らない」
「……」
プイッと反対側を向いてしまった冬咲は、そのまま授業が始まるまでずっとそのままだった。
ほんと、何考えてるかわかんないやつだ。
そういえば、もうひとつ不思議なことがある。
変質者が怖いのであれば俺の家ではなく彼女の家に俺が送り迎えするのが普通じゃないかと。
まあ、家を知られたくないだけなのかな。
だとすれば俺もまだまだ信用されてないってことか。
……ほんと、何考えてるんだろうな。
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