第49話 いちじくの実

 血が数滴、コンクリートへ落ちる。

 どちらのものとも分からない。


 ただ静かに命を獲り合っている。

 異能は介さぬと示し合わせたように。

 圭介には相手の剣筋をなるべく見極めておきたい目論見があった。

 その合理性の行動。


 対しアリーシャは単純な興味として、その刀の筋道を知りたくあった。

 余人を交えずに。


 数分をかけた斬り合いは、始まった当初と同じく示し合わせたように流れで両者共に剣を止め、どちらともこれ以上続けてもらちが開かぬと察したからではあったが、だからこれより先は異能を交ぜ容赦も無く手札を晒し手段も選ばぬ闘争へ移る。


——その前に両者、数秒、互いは互いの顔を見た


 圭介から見たアリーシャは、30手前の異国情緒漂う女に見える。


 アリーシャから見た圭介は年端も行かない少年に見える。ただそのアトモスフィア。

 漂わす空気が長い風月を偲ばせたしのばせた

 使い込まれた道具のように。


——火蓋が切って落とされる


 圭介が先に仕掛ける。奇襲のように。


 ただこの場合、先に思う通りの行動を取れたのはアリーシャ。

 圭介は彼女が剣の間合いへ踏み込んでくるものと思ったから、その読みを外されやや出遅れ、急速に距離を取られ彼女へ追い縋る。

 それへ合わせる形、棺姫がタレットによる銃撃とルール無用の爆撃を彼女へ加え、その全てが剣の導き、導くような斬撃で掻い潜られたのちに


「『エル・カド・ハムル……』」


 この世より失伝された言語で


「『その意を示しなさい』」


 下命の言葉。静かに。

 神が人へその意を下すように。

 人が神を模した力へ意を下し、


 チキッ——と、何か仕掛けの駆動する音が響き渡る。

 銃撃と爆撃、すなわちうるさいはずのこの部屋へ、その駆動音は一条の矢のように圭介の鼓膜へ届き、それが起動の合図だ。


 聖剣がまるで力を封印する意図で厳重に封をされていた、その意図。

 神の意を再現しておきながら、それを同時に恐れてもいるような、畏怖いふの境地。


 その顕現の手始めに、剣が少しだけ輝きを失った。

 その鈍い色合いは、それ以上の変化はないものの、絞り出すように暗緑色の雫が徐々に染み出し床に一滴、零れ落ちる。


——その一点を中心に花が咲き乱れた


 種を問わず、色を問わず花々が咲き乱れ花畑を産み、華やかさを増してゆく。

 さらに垂れたその一点よりコンクリートを突き破り細い幹の苗木が生え始めた。


——それを圭介が足を止め、少し様子を窺う事にしたのはその現象を警戒した以上に


 細い苗木は生い茂り、葉を付け、枝を伸ばし、小さな実は遂にはいちじくの熟れた果実を垂らし、存在しないはずの風にそよいでいる。


——圭介に警戒はあった


 それ以上に攻撃の意図が感じられず、ただ攻め気を損なわす自然の美の権化のように、淡い水彩画のように描かれた、その景色に困惑していた。

 そこに佇むたたずむ1人の女。


「『エル・カド・ハムル』……この剣は特例的に私が何度も使ってきた一振り。でも他の誰も使わないのですよ……」


 淡々たんたんと、その瞬間に生じた圭介の意識の空白へは付け込まず、彼女は述べる。滔々とうとうと。


「なにぶん、おぞましいもので……」


 そう言った矢先、生命の生い茂る勢いが過剰さを増す。

 草花の隙間よりウゾウゾとムカデやミツバチが現れ、しかし生い茂るその勢い転じて毒となり、花は枯れ、蟲は死滅し朽ちてゆく。

 いちじくの実はこぼれ落ちて床にシミを作った。


 死に至ることこそあらゆる生命の行き着く先と、その事実をいやらしく突き付けてくるようで、その光景を前に圭介は攻撃を再開する。


 もはや困惑の必要は無いと。


 ジャケットへ仕込んだナイフ、その一振りを抜き、手首のスナップ、ただ人外じみたその速度を短距離ならあらゆる銃撃より重い投擲で。


 その意図を隠さずアリーシャの心臓を狙い、それへ回避を行わぬ彼女。

 ただ待ち受けるようにたたずみ、触れる寸前にそのナイフは剣で弾かれ、消える。


 消えた。


 その剣速で弾くのを圭介は見ていたが、一方で触れた瞬間にナイフは錆びつき、朽ちてボロボロに崩れた。


「誕生より朽ちるまでの一生……それがこの剣の権能……」


 枯れた花畑の上で彼女は言い放つ。


「試運は終わりました……では再開しましょうか」


 そのげんを待つまでもなく棺姫から爆撃を彼女は浴びるが、その爆風を潜り抜け圭介へ迫る。


◆◆◆◆


 圭介は己の取った打刀を鞘へ収めた。

 腰に差した二振りを敵の異能で壊されるのは偲びないと思い——と同時にこれを抜くのはアレを斬る時のみだと思い、アレを見る。


 周囲、寄せるもの全て分解し近寄る女を。


 その剣の防護膜と呼ぶべき分解能力。

 先程投げた投擲より、剣に触れた瞬間、自動的に発動するものと断定。

 今この瞬間もタレットよりばら撒かれた鉛をこの世より分解し、消し去っている。


 その能力の軸となる滴り落ちる暗緑色の液。

 あれが床へこぼれるたび、無秩序な花畑が咲き乱れ、急速に枯れてゆく。


——触れるべきじゃない……


 振るった瞬間飛び散るので実質的に攻撃の射程が伸びたと考えて良い。


「ふー……」


 呼気。

 いまだ切れていない。

 だが、あの魔剣……いや、聖剣か。聖剣を持つ女を仕留める算段を頭に思い浮かべるため距離を取り続けている。

 対し、アリーシャはその攻撃の間合いが伸びてなお、振るう意味ある状況でしか振るうつもりがない。

 現状は棺姫からの銃撃を捌くのみ。


——ヒツギを逃がすべきか?


 少し、その必要性を考えた。

 こうして距離を取らねばならない状況、かつ棺を仕留めに行かれないよう、逃げる方向とスペースが制限されている。

 棺姫を漆原の魔術で引き下がらせれば、それだけ広く使えるが。


——その場合ヒツギによる牽制を失う


 まともに斬り合えない状況で、それは避けたい。棺姫は棺の周囲の知覚は鋭いため、遠方へ送った場合アリーシャへ通じる正確な援護は望めない。


——ならばヒツギはこの部屋へ置いたまま、目の前の聖剣を振るう女を仕留める

 

 アリーシャは剣で斬るのみならず、その飛沫を振り撒き防御に使い防御を固めている。

 あの液は今、非生物に触れるのみだが、生物に触れたらどうなるか、分からずとも嫌な予感。


——背筋を寒気がなでる感じ


 現況、身体能力の差が出て追い立てるアリーシャは圭介に追いつけない。

 それをすぐ悟ったから彼女はまずその聖剣による遠距離攻撃に出た。


 走りながらその剣で瞬時、足元へ振り下ろし、切り上げる。


 その液をたっぷり吸った床が割れ、太々く、やや灰がかり樹齢の丈を思わす幹が3本伸び圭介にその鋭利な先端を射出。


 ただ、それが幅、高さ共に数メートルの合金壁により防がれた。

 棺姫による防御。


 それへ飛び乗り、高所、圭介は両手を銃を構えるように敵へ向け無手の銃撃。しかし引き金を引く瞬間には彼の両手に銃が一丁ずつ握られていた。


 シングルバレル。

 装弾数1発の散弾銃。

 棺姫が圭介の意図を汲み出現させたもの。


 その生み出す銃器は彼女以外が使うなら誤作動を起こしやすいデメリットはあるものの、構造が単純なら、その可能性は抑え込める。


 中身は滑腔、複雑な機構も無く装弾数1発の散弾銃であれば。

 極め付けに2丁だ。

 引き金は引かれた。

 激鉄は落ち、雷管の衝撃、火薬へ点火、込められた鉛礫は両銃共発射され、1発につき9。

 計18に及ぶ礫がアリーシャの肉を裂くべく飛んだ。

 続け、更にその手の銃が消え新しく出現、装填済みのものを撃つ。撃つ。撃つ。

 繰り返し撃つこと計5度。

 10の散弾銃を替え撃ち、不発は2丁。

 放たれた72の鉛。

 その放射にばら撒かれた銃撃がアリーシャを襲う。


 これは次手へ繋げる布石であった。

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