第9話 奇策

 僕の能力について、1つ気付いたことがあった。


 それは、この未来を知る能力はあらゆる選択の先を見通せるということだ。


 一度の能力行使で見られる未来は1パターン。


 でも毎回異なる行動をする前提を頭に置いて未来を見たらどうなるか。

 それは毎回その行動をした場合の未来が見えるということ。


 この能力を事細かに把握しようと考えたことなかったから気付けなかった。


 というよりこの事に最初に気付いたのは羽二重リン。


 一つ気づいたことがある——と言って、教えてくれた。


 そしてこのことを把握した時、僕は僕の能力の真価に気付いた。

 それは仕掛ける側にまわった時の無類の強さだ。


 あらかじめ、何パターンも作戦を練って未来を見ることで、どの作戦が襲撃に適すか割り出せる。

 割り出しつつ作戦の修正もできる。


 さらに観測した未来で敵の手のうち全てを把握することもできる。


 アダム・スミスに単なる狙撃が通用しないことはそうやって割り出した。

 例えばこの4階建ての図書館の屋上からライフルで狙い撃ったとしよう。

 

 奴は毎回正面玄関へ続く道をやって来た。


 そして、狙撃は苦手と言う割に、羽二重リンは狙撃を必ず身体のどっかしらに当てた。


 だが、あのロングコートとフェドラーハットは余程頑丈なのか、その全てを受け止めた。

 それどころか必ず着弾の直前に目が合ったと未来で見た羽二重リンは言っていた。


 だから、稀に剥き出しの首へ飛んだことがあっても、必ずあの空間を歪ませる防御で防がれた。

 結果として単なる狙撃は効果が薄いと判断。


 だからこの障害物だらけの場所を選んだのだ。

 狙撃などできない、近すぎてやる意味がないはずのこの場所を。


◆◆◆◆


——2階か……


 アダム・スミスはそんなことを思う。

 市民図書館を前にして、ちょうど2階の高さ、クルクル旋回して飛び回るアルビノの鷹を見つけた。


 そして正面の自動ドアへ至り、人外じみた腕力でそれをこじ開けたらアダム・スミスは入館を果たす。


 1階は、やや湿気がかり、古びた紙の匂いが鼻につく。

 西陽が差し込み、かろうじて一部の背表紙が読めたその場所は、彼にとって異国の文学が並ぶ異界に等しい。


 そして、あの化け物どもは結局この場へ逃げ込んだのか——という思考を彼はあえて否定する。

 直感だが、あの2匹はこちらを仕留める気満々で準備を進めている気がした。

 

 であるなら向こうは2匹、こちらは1人でが悪い。

 ただ、毎度ながら情報提供以上に支援は無く、いつも通り、単独での抹殺任務。


 実を言えば彼の属す『殲滅部隊』は厄介払いも兼ねていた。

 没落した者、罪を犯した者、特殊な事情のある者全てを使い捨ての戦力とする部隊。

 まず十分な援護は望めない。


 いや、それ以前にアダム・スミスの性格の問題もあった。


 かつてある事情から妻を殺した彼は、それ以来極端なまでの正義に目覚め独自基準で己の定めた悪を裁く殺す


「Ab intus, ex corde hominis malae人の心よりいずるものは、 cogitationes,fornicatio, furta, homicidium,悪い考え、不品行、盗み、殺人、 adulterium, avaritia, nequitia, dolus, 姦淫、貪欲、よこしま、欺き、impudicitia, invidia, detractio, superbia, stultitia est,好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、 ab intus venit et polluit homines.これらの悪はみな、内側から出て、人を汚す


 祈るように


「Therefore the sinful shall be destroyed.ゆえに罪深きは滅ぼされるであろう


 最後に自分へそう言い聞かせた。

 目に付く悪、組織にとっての悪すべての殺害にためらいはなく、その醸造した理想は純粋。


 人は生まれながらに善。そうでない者はすべて殺して良い。

 そんな融通の効かない目的意識に囚われた男、アダム・スミス。


 いわば彼を街に放つのは、鼻に付く者全てを噛み殺す猟犬を街に放つと同義。


 そして幾度も闘いを経て、その猟犬は未だ死なず。

 またも戦地へ赴く。


 そして、ようやく彼は2階へ到着した。

 館内の間取りは正面玄関入ってすぐの案内図から把握し、迷う道理は無い。


「Where……where,where,where,where.どこだ……どこだどこだどこだどこだ


 目の前のヒノキの扉をくぐり、変哲の無い書架の並びと本を目にし、捜索から始める見立て。


 そしてほんの少し視線を動かした矢先、向けられる殺意に気付いた。


 銃声。

 つい20分前電車で聞いたガトリングと違う。

 単発。遅れて目をやれば化け物の片割れたる少年が立っていた。


 セミオートのショットガンを素人臭くこわ張った手つきで構え、銃口をアダムへ向ける。


 距離が30メートルはあり、その銃撃はアダム・スミスがで防いだ。


 『殲滅部隊』は毒をもって毒を制すの理念で運用される。そのため教えではタブーとされる魔術も、才能があれば漏れなく開花させられた。


 そして一瞬の視線のやりとり挟み、静かに、走り始める彼は30メートルの距離を瞬く間に詰めてゆく。

 人外じみた脚力を前提として、その距離はあまりに心許なく彼が走る本棚と壁に挟まれた通路。

 天井は低く、上下左右に移動の余地はなく正面から弾を受けても魔術で防げば良い。


 少女の奇襲があったなら、殺意を気取った瞬間に防ぐ。彼はその点でずば抜けたセンスを持っていた。


 そして、3秒と満たぬ瞬発で間を詰め右腕を振りかぶり、さらなる魔術を行使。

 先の防御が盾とするならこちらは剣。


 ピンと伸ばした指先より、長さ10メートルに渡り空間を歪めたそれは言ってみれば全て切り裂く概念。


 彼の魔術は『空間』を1枚の幕として捉える理屈。


 彼から見た世界、総じて空間とは1枚のタペストリーに似て、それを切り裂けば空間ごと物体は裂け、寄り集めれば、紙を丸めたが如く分厚い壁となる。

 素早い行使が可能なものに限りこの2つだが


——標的に近いほど量と威力が増し、果ては戦車の装甲すら細切れにする破断の剣


——戦車の砲撃すら防ぐ高密度の盾


 いわば最強の剣と盾を持ち、並外れた反射神経でそれら運用する彼は物質的戦闘に限り、これ以上なく最適と言えた。


 そして、指先から魔術の形成が終わり目前の少年を射程に捉えた瞬間に——アダム・スミスの敗北は決定付けられた。


 銃声。


 目の前の少年が放つ2発目の散弾に混じり一際鋭く、致命的な銃声がその場に響いた。


 音より弾丸の到達が早く、指から形成された魔術は急激な脳の血液不足でほつれてゆく。


「っ……?」


 なんだ——と思い動こうとして糸の切れた人形みたいにへたり込んだと気付く。


 やけに熱い、首の左側に手を当てたらヌルヌルした液体が。

 首の、それも頸動脈が撃ち抜かれてこんこんと赤黒く、湧く。


 痛くはなく、むしろ痛覚は失せ、急速に這い上がってくる死の予感。


 アダム・スミスの左側面には背の高い本棚。

 視線は通らず。

 しかし、彼を仕留めた1発の銃弾は、その本棚と収まった本をぶち抜き彼の首を正確に撃ち抜いていた。


◆◆◆◆


 ひたすら回りくどく、あの男の意表を突く。

 この作戦はその一点に終始した。


 まず、あの男は真っ先に僕を殺しに来る。

 そこは確定。


 理由は多分、羽二重リンの攻撃をあの男は簡単に防げること。

 僕がドンピシャのタイミングで貨物列車にぶつけた誘導を警戒したこと。


 この2点だろう。


 だったら入り口の右側、魔術の射程から離れつつ、本棚と壁に挟まれた一直線の通路の先で僕が待っていたら必ず一直線に距離を詰めてくる——いや、詰めてきた。


 そうやって敵の行動パターンを限定した。

 実際、敵の視点ではそれが最適解だから。


 そこを僕の方で銃撃を加え気を引きつつ、男の左側面、本棚という障害物を挟み羽二重リンが拳銃を構え、撃ち抜く。


 本棚や本といった視界を塞ぐ障害物をぶち抜いて正確に撃たれるわけないという、常識の不意を突く。


 しかし問題は撃たれる側から見えない以上、撃つ側からも見えないことだ。


 だから思い付いたのだ。


 たとえ標的が見えなくても、あるタイミング、ある位置に標的が必ずそこにいると分かっていたら遮蔽物越しに撃ち出した弾も必ず当たるんじゃないか、と。

 

 そのために予知を何度繰り返したかは覚えてないけど、アダム・スミスが踏み込んでくるちょうど3分前には弾を撃ち出すタイミングと銃口を据える位置を割り出せた。


 後は僕を囮としてアダムを待ちつつ、羽二重リンが正確な射撃タイミング、あらかじめ射撃ポイントとして本棚につけておいた目印に銃口をピタリとくっつけ撃ち込んでくれるのを祈る。


 羽二重リンはスマホのストップウォッチで正確な時間を測る。


 予知した未来通りに動けばあの男は確実に死ぬ。そういう未来が見えたから。


 問題はあった。例えば狙撃タイミングが0.1秒ズレるだけで外れる。


 でも、羽二重リンは見事命中させてくれた。それが全てだ。だから、


「やった」


 と言ったのも束の間。


 どうやら僕はほとほと爪が甘い。


 うなだれたアダムは突如、身体のバネを利用し跳ね起き、飛翔する速度、瞬く間に


 食い入るような目。

 死の淵へ引き摺り込もうとする執念。


 恐らく、ほんの僅か、ほんの少し急所から外れる程度、射撃タイミングにズレがあった。


 そして指先をピンと伸ばし一直線に僕へ向け、こちらが声を出す間もなく殺される——より早く上から飛び降りてきた羽二重リンが男の首を刎ねはね飛ばす。


 振り下ろされた手斧によるギロチンが最終的にアダムの命を奪い、こうして僕は彼女と共に1人の男を殺し、その瞬間に僕の脳へ暗い喜びが本能的に湧き上がるのを感じた。


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