金貨に釣られて走った健脚令嬢、思わぬゴールに困惑です

アソビのココロ

第1話

 娘三人持てば身代潰す、とは貴族の間でよく言われることでございます。

 それだけ貴族の娘(持参金だけでなく教育費を含めてですが)にはお金がかかるということを意味します。

 ところが我がエイジャー子爵家には私を筆頭に娘が七人もいるのです。


 わかります。

 お父様お母様、次こそ跡継ぎの男の子をって頑張ったんですよね?

 確率の妙、現実は厳しいです。


 いや、嫁入りに関してはお相手に御配慮いただければいいので、見栄を張らなければ何とでもなるのです。

 どうにもならないのが教育費。

 何故ならノーブルスクールに通っていなければ貴族として認められないからです。

 貴族か、それとも貴族の家に生まれたサルかを分かつのは、ノーブルスクールの卒業証書、それに尽きます。


 ノーブルスクールは一五歳になる歳に入学し、四年間通います。

 跡取りと目されている私は何とか入学させてもらえました。

 でも来年には妹も入学を控えています。


 我がエイジャー子爵家は特に特産品もない田舎ですから、経営は苦しいです。

 豊かな自然に恵まれているので、遊び場と食べ物には苦労しませんでしたが……クマ鍋は大好物です。


 お父様お母様はどうするつもりなのでしょうか?

 ヤキモキいたします。


「女子持久走大会ですか……」


 何となくノーブルスクールの連絡掲示板を見ていたら、そんなポスターが貼ってありました。

 参加者求む、と書いてあります。

 参加資格は現在ノーブルスクールの生徒であること。

 もちろん私も参加できますが、お腹がすくだけ損ですね。


「ん?」


 豪華賞金?

 優勝だと副賞金貨一〇〇〇枚……。

 きんかせんまいですって?

 妹達全員をノーブルスクールに通わせてあげられるだけの大金ではないですか!


 領の野山を駆け回った足には自信があります。

 こうしてはいられません。

 参加受付へ。


          ◇


「ナディア・エイジャー嬢、っと。はい、エントリー完了です」


 よし、頑張らなくては。


「あの、参加者は何名くらいですか?」

「やっぱり気になるかい?」

「それはそうですよ」


 金貨一〇〇〇枚、エイジャー家と妹達の運命が懸かってますからね。


「騎士科の女生徒は参加必須なんだ。今のところナディア嬢の他は騎士科の生徒だけだよ」

「身体を鍛えている騎士科の皆さんですか。強敵ですね」


 気を引き締めなくては。


「でも最終的に半分以上の女生徒が参加するんじゃないかな」

「えっ? 何故です」


 みっともなく荒い呼吸をしている様を晒すのは淑女らしくないので、参加するのは少数だと思っていました。

 やはり金貨一〇〇〇枚は魅力的だからでしょうか?


「ナディア嬢は噂を聞いたから参加するわけではないんだ?」

「噂ですか? 知りません」

「副賞は金貨一〇〇〇枚と書いてあるが、正賞について書かれてないだろう?」

「普通はメダルか飾り盾かなのではないですか?」

「主催が王家なんだ。王家が健康増進に力を入れているのは知っていると思う」

「はい」


 去年王妃様が若くして身罷ったことから、病に負けない強い身体が推奨されるようになりました。

 薬品の開発に多くの補助金が出るようになったとも聞いています。

 そのキャンペーンの一環のようですね。

 では優秀者にはかなりの優遇措置があるのでしょう。

 いい就職先を斡旋してもらえるのでしたら、私は就職して妹の誰かが家を継いでもいいですね。


「王家関係の噂だ。オレも下手なことは言えないがね」

「わかります。優遇の噂に釣られて参加者は多くなるだろうということですね?」

「ああ。噂に惑わされず参加を決めたナディア嬢を応援するよ。頑張れよ」


 私は金貨一〇〇〇枚に惑わされたのですけれども!


          ◇


 ――――――――――持久走大会当日。国王フランクリン視点。


 王家主催の競争だというのにバカにしてるのか。

 不正が多過ぎる。

 侍女複数人で代走したり馬車でショートカットしたり。

 ひどいのになると露骨に他のランナーを買収しようとしていたぞ。

 健全な精神は健全な肉体に宿るものなのに、腐りきっておるではないか。


「陛下、いかがいたします?」

「予定通りだ」


 三日後、入賞者を表彰式の名目で呼び出して個別面談だ。


「上位三名はさすがに陛下もお認めになるのでしょう?」

「ああ」


 素晴らしい走りだった。

 特に一位の一年生ナディア・エイジャー嬢は。


「彼女は領主科なのだろう?」

「領主科からの参加者はナディア嬢一人だけですな」


 さもありなん。

 将来爵位を継ぐ候補生が集まる領主科は、元々男子が多い。

 女子もいるにはいるが、持久走に参加するメリットが少ない。


「正賞が何かについてはリークしてあるんだな?」


 この正賞が、領主科女子にとってはありがた迷惑だろうから。


「ありますが、思ったより広まっていないようです」

「何故だ?」

「王家に関する下世話な噂でありますからな。不敬と考えるものもくだらないと考える者もいたかと思います」

「しかし参加者は多かったではないか」

「淑女科には念入りに工作してありますれば」


 まあ当然だ。

 淑女科女子にとっては垂涎の正賞だから。


「噂は置いておくにしても、女子のみの持久走だ。何かを感じ取った者も当然いるだろう」

「で、ありましょうな」

「ナディア嬢は噂について知っていたと思うか?」

「さて、わかりませぬが、あの走りっぷりなら噂の真偽はともかく参加したくなるのではないですかな?」


 うむ、それもそうだ。

 健康増進キャンペーンの象徴に相応しい。


「一~三位の者については急ぎ身辺調査を進めておりますれば」

「うむ」


          ◇


 ――――――――――三日後、ナディア視点。


 今日は持久走大会の表彰式です。

 何でも不正行為チェックと正賞の関係で、レース直後その場で表彰式というわけにはいかなかったんですって。

 王家主催ともなりますと決定事項は重いですから、発表には慎重になるのでしょうね。


 昨日王家から持久走一位の正式決定の連絡が来ました。

 家族が皆泣いて喜んでいました。

 メッセンジャーさんが後ずさりするほど引いてましたからね。

 保護者同伴で来いとのことなので、お父様と王宮にまいりました。


「この部屋でお待ちください」

「「はい」」


 控え室でしょうか?

 調度は素晴らしいものだと私でもわかるくらいですが、思ったより狭い部屋ですね。


「一〇位までは賞金が出ますから、表彰されると思うんですよ。控え室だとすると小さい部屋ですね」

「入賞者それぞれにこれくらいの部屋が用意されているのではないか?」


 ええっ? 私達だけにしてはやけに立派な部屋ですよ?

 さすがは王宮ですね。


「やあ、待たせたね」

「へ、陛下!」


 何とフランクリン陛下自らが護衛騎士二人と文官一人を引き連れていらっしゃいました。

 慌てて立ち上がり、淑女の礼をいたします。


「いや、いいんだ。楽にしてくれ」

「恐れ入ります」

「予もナディア嬢の走りを見ていたんだ。実に雄々しく美しかった」

「お褒めに与り光栄です」


 雄々しいというのは女性に対しての褒め言葉なのかしら?

 荒っぽかったと言われているようで恐縮ですね。

 どうやら表彰式ではなく、個々に面談をしつつお褒めの言葉をいただけるということのようです。

 賞金をいただいたら速やかに退出いたしましょう。


「ナディア嬢は領主科なんだろう? 並み居る騎士科の令嬢達を相手にしてすごいな」

「領が本当に田舎なんです。ノーブルスクール入学で王都に出てくるまでは、毎日駆け回っていましたから」

「七人姉妹と聞いた」

「はい、間違いございません」

「皆、ナディア嬢のように頑健なのか?」

「そうですね。滅多にお腹を壊したりしません」


 あっ、カゼを引かないの方がよかったかしら?

 食生活がワイルドだとつい……。

 でも陛下は満足げですね。


「……いいだろう。ナディア嬢は持久走大会の正賞については何か聞いているだろうか?」


 お褒めの言葉を直にかけてもらえるというのは、正賞ではなかったようです。

 そして陛下のお言葉からすると、スペシャルな賞が用意されているようですね。

 では?


「いい就職先でも紹介していただけるのではないかと、推測しておりました」

「就職先か。間違いではないな」


 やはりいい就職の斡旋のようです。

 エリートの王宮女官に推薦してもらえるのでしょう。

 わあ、嬉しいな。


「予の妃になってもらえぬか、ということだ」

「「は?」」


 えっ? どういうこと?

 頭が真っ白になります。

 うちは子爵家に過ぎませんよ?

 王妃様が亡くなられたことはもちろん存じておりますが、うちでは家格が全然足りないですよね?


「予は先の妃マリアを失って気付いたのだ。王妃に何よりも必要なもの。それは健康だと」


 お父様コクコク頷いてますけど無責任ですよ!


「知識も教養もマナーも後から身に付けることはできる。しかし健康だけはそうはいかぬ」

「……」

「エイジャー子爵家の娘御は皆強健なのであろう? しかも子だくさん。予が求めていた人材である!」


 ええ?

 お父様お父様、何とか言ってください!


「陛下、発言をお許しください」

「うむ、何だ、子爵」

「我がエイジャー家には王妃を輩出するに足る格がありませぬ。辞退させていただければと」

「格? 構わぬぞ。マリアの生家であるインスバーナム公爵家が全面バックアップだからな」

「「は?」」

「身体の強い王妃をというのはマリアの遺言であったのだ。つまりナディア嬢はインスバーナム公爵家の養女となり、しかる後に予の婚約者となる」

「「……」」

「子爵にとってもインスバーナム公爵家が縁戚となるのだ。悪い話ではなかろう?」

「そ、それはもちろん」


 インスバーナム公爵はエイジャー子爵領のお隣です。

 これまであまり関わりはありませんでしたが、事業協力でもできれば喜ばしいですね。

 陛下が呵々と笑います。


「いやあ、よかったぞ。インスバーナム公爵家と関係の良くない家の令嬢が持久走でトップということもあり得たのだからな」


 そう言われればそうです。

 養女が前提なのでしたら、毒にも薬にもならないエイジャー子爵家の私でいい気がしてきました。

 健康と体力には自信がありますし。


「で、ナディア嬢。予はどうだ?」

「えっ?」


 ……陛下のあの目は知っています。

 そう、野生動物のような、油断なく私を見据える目。

 目を逸らしてはいけない、緊張感がありますね。

 陛下は私に選択肢を与えたのではなく、見定めるために問いを発したのでしょう。


「はい、よろしくお願いいたします」

「うむ、気に入ったぞ。やはり調査だけではわからぬことはあるからな」


 気に入っていただけたようです。

 陛下は野性味があって素敵ですね。


「ノーブルスクール卒業までは妃教育を並行して行うことになる」


 そうでした!

 地獄とも言われるお妃教育!

 ひやああああ!


「苦難の道であろうが、愛するナディアなら成し遂げると信じているぞ」

「が、頑張ります」

「ところでこれは副賞の金貨一〇〇〇枚だ」


 アメと鞭がすごい!

 もう、陛下ったら意地悪なんですから!

 ニヤ、と笑う陛下の目力は強いですね。

 でも信頼できる、頼りになる目です。

 今後ともよろしくお願いいたします。


          ◇


 ――――――――――後日。


 お妃教育が遅れている私は、最近ずっと王宮に泊まり込みです。

 厳しいですけれども頑張らなくては。

 食事がおいしいですし。


 実家では予期せぬ金貨という臨時収入があったせいか、お父様とお母様が今度こそ男児をと久しぶりに張り切ったようです。

 お母様が妊娠したと聞きました。

 そろそろ産まれ月のはずですが……。


「ナディア、エイジャー子爵家から吉報が入ったぞ。母子ともに健康だそうだ」

「陛下、ありがとうございます!」


 ああ、無事に出産が終わって、まずは一安心です。

 それで性別は……。


「女児だそうだ」

「妹ですかあ」


 お父様お母様ガッカリしているだろうな。

 いえ、妹だって可愛いですし、悪いわけではないですけれども。

 我が家が一層賑やかになりますね。


 陛下が笑っています。


「なあに、エイジャー子爵家を没落させるようなことはせぬ。安心してガンガン子供を作れと伝えてあるからな」

「陛下男前です!」

「だからナディアは安心して妃教育に臨むのだ」

「ひい……」


 やっぱりアメと鞭がすごい!

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