第17話 額縁
鳳稀梢が朝から買い出しに出かけ、昼過ぎに戻ってきた。
それから庭でごそごそしていたかと思うと、エルンストが昼間を過ごしている部屋に入ってきて開口一番、「どれがいいです?」と尋ねてきた。
なにやらたくさんの木片を抱えている。縦横五十㎝、幅三㎝といったところだろうか。
「庭でとりあえず面取りだけしてきました。こちらの建材店は親切ですね。一般の客にもいろいろ売ってくれる」
どうやら町の日曜大工の店に行ってきたらしい。
「木材って面白いですよね。切り出して寝かせて、樹皮を剥いで、加工しやすい大きさに切って、さらには面取りで角を削って。それでも失わない個性がある」
数にして七、八枚はあったろうか。
わざわざ窓辺まで持ってきて、エルンストの顔に一枚一枚、近づける。
「これは
「なにに使うのかね?」
当然と言えば当然の疑問だろう。
ただし、稀梢は微笑むばかりだ。東方人はこれだからやっかいだ。答えたくない質問を
肝心の質問には答えがないまま、
「松は涼しい香りがします。ただ、時間が経つと
「チークの特徴はなんといっても材面の美しさと耐久性でしょう。ただ、硬いので細工には向きません」
「桜の材面も味があって美しい。耐久性はほどほどですが、それだけ加工がしやすいので細工や曲線の仕上がりは素敵ですよ」
「黒檀や紫檀はいいものでおおきな板材はいまではなかなか手に入りません。ただ、飾りに使うことはできますよ」
などなど。
目的も分からずに延々と無味乾燥な説明を聞かされても頭に入らない。
「任せる」
結局、判断は丸投げした。
暇な東方人に付き合ってはいられない。
――とはいえ、付き合わなかったところで、私にだってテレビを見るくらいしか昼間はやることがないのだが。
稀梢はやはり曖昧な微笑みを浮かべたまま、エルンストの定位置である窓辺、張り出した部分の長さと、エルンストの『首回り』を測って立ち去った。
数日経って、稀梢がなにやら物々しい『家具』を部屋に持ち込んできた。
物々しいとは言え、そんなに大きくはない。
凹凸はあるが、縦横は四十五センチ程度の丸い皿状のものだ。
ただ、その凹凸が凝りに凝っていた。
「『下の皿』部分はチーク材を使いました。背面の出窓の床との接地部分が滑りすぎないように粗めにしてあるところを除けば、
どうやら首置きの台座を作ってくれたようだ。
なぜとはなしに……ビアズリーの絵の一枚、『サロメ』のヨカナーンになった気分だ。いまここに、生首に接吻をくれるヘロディアスの娘はいないのだが。
「宿代なしで泊めてくださってる、せめてものお礼です。下の皿と受け皿は固定してありますし、受け皿が首を軽く固定してくれますので、猫パンチ程度では転げ落ちたりしなくなります」
なるほど、そういうことか。
ならばありがたく受け取らねばなるまい。
夜、帰ってきたレクセアが、新しくできた台座をみて「素敵ね」と微笑んだ。
おなじくメリナの護衛から戻ってきたディーナが、台座を見て、フー、と威嚇の声をあげる。
こちらは気に入らないらしい。
皿ごとテーブルに移動させ、いつもの就眠儀式……私のための食事の準備をしながら、レクセアが「そのお皿、上から見ると、まるで額縁みたいね」と言ったものだ。
下の皿の縁の部分にも鳳凰紋の彫刻がなされていて、そのせいで額縁のように見えるらしい。もちろん真上から見れば私の頭のてっぺんしか見えないから、『絵』としてはかなり間抜けなのだが。
「ああ、無情なるヨカナーン。汝は吾にくちづけを与えてはくれなんだ。さらばこそ、いまここに吾は」
レクセアは私を抱き上げて、額に優しいくちづけをくれる――
愛しいヘロディアスの娘。
私はヨカナーンとおなじ過ちをせずにすんだの……だろうか?
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