第15話 猫

 月明かりの窓辺に猫がいる。

 影が伸びて、にゃあと鳴く。

 生首抱えた青年が提案する。

 君たち、鬼ごっこをしよう。

 影に追いつかれたらがぶり。

 私に追いつかれたらぱくり。

 

 逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 影に喰われたらおしまい。

 鬼に掴まったらおしまい。

 猫に齧られたらおしまい。


 まるで悪夢のなかにいるようだと、エルンストは酸欠気味の脳髄で思う。

「奥は行き場がない。その角を下れば地下室がある。二階へ続く階段は広間にしかない」

 稀梢の右腕に抱えられ、逃げ惑う男たちを眺めている。

 兎坑から追い立てるのはディーナ。月明かりが映す影がそれそのものが生きもののように人を追う。

 追い立てられて逃げ惑う人を縊るのは鬼。

「ああ、いけない。ひとりかふたりは残しておかないと『お話』が聴けませんね」

 ひとり、ふたり、さんにん、よにん。

 影が追う。鬼が喰う。猫が齧る。

 エルンストは追う側のはずだった。けれど、ずっと追われているような焦燥に駆られている。

 目の前で人が死んで行くのも、まるで夢の中の出来事のようだ。

 影が追う。追われている。ディーナじゃない。あれはディーナの影じゃない。


 逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 でもなにから?

 いや、私は逃げているのか?

 何故?

 なんのために?


 逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 ぶざまに逃げてるのは、私だ。

 あのとき――

 あのときとは、いつだ?

 いつ私は逃げていた?


 逃げろ、逃げろ、逃げろ。


 視界の隅で、刃がきらめく。

 月明かりを映す銀の幻。

 氷のように冷たいその刃が、首に押し当てられる――


 にゃあ、と高らかに猫が鳴く。

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