第135.5話 拠点会話・兄と弟
冥月龍神。
姜芽たちと同じ桐立の同級生であり、『ブレイブ』の一員。
刀と弓を扱い、[電操]の異能を持つ。
メンバー中唯一の上位種族であるが、仕事はしておらず他の殺人者と同様に強盗殺人を主な生業としている。
その性格は、『ブレイブ』のメンバーの中でもっとも変わっていると言っても過言ではない。
まず、あらかじめ決めてある1日のルーティーン、仕事終わりの行動などを徹底し、それから少しでも外れると混乱したり怒ったりする。
また、人との付き合いを極力避け、基本一人で行動する。
彼は、孤独が好きなのかもしれない。チームのシェアハウスから離れ、一人放浪の旅をすることもザラにあるからだ。
さらに、彼は他者とはものの見方が異なる。
他者が何も感じない、あるいはそこまで何かを感じないものでも、特別なものを感じることがあり、逆も然りだ。
そして、これらのこととその言動が複雑に絡み合って、結果として周囲には特殊な人物であるように見える、ということである。
そんな彼だが、実は弟がいる。
もっとも、ほとんど名ばかりと言ってもいいようなものだが…。
「あ、兄貴」
「ん…康介か」
秀典達の仲間たる戦士、康介。
彼は、龍神と宗間の弟で、龍神のことは兄貴と呼ぶ。
別に、彼に何か兄貴らしいことをされた経験があるわけではないが、なぜかそう呼んでいる。
「何してんだ?」
「見ての通り、紅茶をな」
龍神は、意外にも甘味好きなのだ。
「紅茶…?おれも飲みたいな」
「作ってくりゃいい。ティーバッグは台所にあったはずだ」
「っしゃ、やってくるぜ」
そうして数分後、康介は紅茶を入れたカップを持って戻ってきた。
「来たか。…砂糖はどれくらい入れた?」
「スプーンで5回分」
「相変わらず多いな。そんなに砂糖取ってたら病気なるぞ」
「兄貴こそ、スプーンで3回入れるじゃねえか」
「多いってか?…まあ確かに多いかもしれんがな、俺はいいんだよ」
龍神は『ブレイブ』の一員なので、いかなることがあっても病気にならないのだ…生まれつきのものは別として。
「…うぅ!腹立つぜ!昔から、おれのメシにばっかり口出してきやがって!…兄貴だって野菜とか嫌いだろうが!」
「いっつも言ってるだろ?俺はいいんだよ…病気になんかならないし、死ぬならそれでもいいからな。でも、お前は生きてたいんだろ?」
「…!!」
「それに、お前はただでさえデブなんだから健康管理しなきゃダメだろ。まあ異能のこともあるんだろうが、だとしてもある程度の節度は守れよな」
康介は[活化]の異能を持ち、体に眠るエネルギーを消費して身体能力を大きくあげることができる。
その際に消費するエネルギーの大半は脂肪であるため、異能を使った際の康介の体は鍛錬を積んだ戦士のように筋骨悠々とした見た目になり、元の康介からは想像もできないほどスマートかつたくましい体つきとなる。
この都合上、康介は人よりも体に脂肪を多くつけておく必要があるのだ。
…しかし、だとしても際限なく太っていいということではないし、好きなだけ飲み食いしていいということでもないだろう。
龍神は、それを言いたいのだ。
「わかってるよ…けどな、おれもいろいろあんだよ」
「…そうかよ」
龍神はそれ以上言わなかった。言っても無駄であると悟っているからだ。
人間だった時から太っていると言われているのに、未だに改善できないとは。
我が弟ながら、情けない…と思う。
しかし一方で、本人が納得しているならいいとも思う。
彼は冷酷だが、人間の心が完全に欠落したわけではないのだ。
それから少しして、龍神は宗間にも会った。
「お、宗間」
「ああ、龍か」
彼は、兄のことをこう呼ぶ。
「おま…相変わらずその呼び方か。まあいいが…」
「ん?なんか問題あるか?」
「あのな…前々から言ってるだろ?親父と同じ呼び方はやめてくんねえか?康介みたいに『兄貴』って呼んでくれるとありがたいんだが…」
龍神にとって、父親のことは思い出したくもない闇の歴史なのだ。
「ええ?だって、昔からこう呼んでたじゃんか」
「いや、確かにそうだが…まあ、俺にこんなこと言う資格ないかもしれんが…」
実は、康介と宗間は一度死んでいる。人間界にいた時に殺され、ノワールに転生してきたのだ。
そして、彼ら二人を殺害したのは他ならぬ龍神なのである。
「そうだぜ…ま、おれたちは気にしてないけどな」
二人はノワールに転生した後、人間界より充実し楽しい生活ができている。
それ故、かつて自身の命を奪った兄のことは別に憎んでも恨んでもいない。
ただ、「そういやそんなこともあったな…」という程度にしか考えていない。
「正直お前ら二人のことはどうでもいい。だがな、なんか…なんか、放っておけないんだ。なんというか…どうでもいいんだが、本当に野放しにしとけるかって言われると違うんだよな」
「は?意味わかんね」
「…とにかく、俺は一応お前ら二人の兄貴だ。俺にはお前らの気持ちはわからん、だが一応上の者であるのは確かだ。だから、野放しにしちゃおけない。恩を着せるつもりはないが、お前らが本当の意味での自由を得られたのは俺がお前らを殺したからなんだからな」
「へいへい。…ま、確かにおまえがあのクソみたいな家から解放してくれたのは間違いないしな」
彼ら3人が育った家庭は、今にして思えば崩壊した家庭だった。
父親はまともに仕事が続かず、日々酒をあおっては憂さ晴らしに3人を虐待していたし、母親は財産の管理がまともにできず、散財して生活に困窮してはあちこちから借金をし、それをろくに返さずに終わらせるような人物だった。
何なら、龍神たち3人も母に金を貸してと頼まれたことがある。
たいていは生活のため、という名目でのことだったが、実際には母の遊びや趣味に使われることが多かった。
龍神、やがては宗間もそれを悟り、両親に絶望した。
そんな矢先、龍神が仕事を辞めたのをきっかけに両親と喧嘩をし、これまでの恨みだと言わんばかりに暴れ回って家族を全員殺したのだった。
「俺はお前たち2人がどうなろうと…たとえ結婚しようと、生涯独身を貫こうと構わない。だが…かつてのあいつらみたいにだけは、絶対になるな。もしそんなことがあったら、またお前たちを殺す…今度は、次はないからな」
「…わかってるよ。絶対、あいつらみたいにはならない。約束する」
兄は自閉症であり、意志とこだわりが異常に強い。つまり、今の発言はハッタリなどではない。
そのことを心得ている宗間は、この言いつけだけは絶対に守ると心に決めている。
それは、仮に兄に生来の特性が無くともそうだっただろう。
宗間と康介は、一度生物として死んだ。
龍神は、人生の過程で人として死んだ。
3人はみな、一度死んでいる。
それでも、こうしてやり直す機会を与えられた。
ならば、それを棒に振る理由はない。
兄は生きる…生まれながらのハンデを背負い、道を外れた殺人鬼として。
ならば、その弟たちは…どうするのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます