第136話 大賢者への道

というわけで、俺達は急遽セドラルへ戻ることになった。

しかし、その道中は楽なものにはなりそうになかった。


苺の母もとい大賢者は、セドラルの南にある森に住んでいるということなので、アラルからは真北に行けばいい。

しかし、ロードアの北側には「ジノ荒野」と呼ばれる広大な荒野が広がっており、煌汰によるとこれが問題であるという。


「ジノ荒野には獣人系や鳥系、植物系の異形の他に、言葉が通じない蛮族がいるんだ。僕らは、奴らを『荒野の部族』って呼んでる」


「荒野の部族…」


「そう。奴らは総じて斧や弓、魔導書を振りかざして襲ってくる。言葉も何も通じないから、何の種族なのかは誰にもわからない。けど、少なくとも異形と手を組むこともできて、凶暴な種族なのは間違いない」


「え、異形と手を組めるのか?」


「うん…奴らは鳥系の異形を使って空を飛んだり、獣人系の異形にパトロールをさせたりしてるんだ。幸いにも今のところジノ荒野に高位の異形は確認されてないけど、そのうち奴らと手を組む高位の異形が現れるかもしれない」


異形と手を組む、というのはどんな感じなのかよくわからないが、以前遭遇した呪術師のデモリアのような感じなのだろうか。

だとしたら、確かに厄介である。


「なら、どうにかしてその蛮族たちを全滅させればいいんじゃないか?」


「いや…奴らは普通に強いし、危なくなると砂の中とかに隠れるから、狩るのは難しいんだ。でも、僕らなら倒せない相手ではないはずだし、何よりここを通らないと思いっきり遠回りしていかなきゃなくなる」


それを聞いて地図で確かめてみたのだが、ジノ荒野は3つの国にまたがる広大な荒野であり、ここを通らずにセドラルへ行こうと思うと、アルバンの方からぐるりと回っていかなければならないようだ。

そうなると、時間的にも余裕がなくなるのは想像に難くない。


急がば回れ、という言葉もあるが、ここは少々危険を冒してでも急いだ方がいいだろう。

だから、俺は剣を手にして言った。

「よし…全員、戦闘の準備をしておけ!これより、北のジノ荒野へ向かう!」


…ちょっと指揮官っぽくしてみたのだが、どうだっただろうか。

やっぱり、こういうことには憧れる…これでも一応、このチームのリーダーだし。


ちなみにこの後、数人を呼んでこの集団の名称を正式に決めるための会議を行った。

今更感もするが、人によって呼び方が「チーム」だったり「軍」だったり安定していなかったので、スッキリさせたかったのだ。


会議の結果、『ブレイブ同盟軍』という名称にすることで決定した。

ブレイブは言わずもがな、同盟軍という名称は「みんなが同じ目的のために協力し合う」ということから来ている。

もっとも、本当にみんなが同じ目的のために動いているのかと言われると何とも言えないが…建前だけでも、そういうことにさせてほしいものである。





さて、宣言から2時間ほど…会議が終わって間もなくして、ジノ荒野に到着した。

荒々しく切り立った大きな岩がごろごろし、地面はひび割れ、あちこちにサボテンが生えている。

…なんか、いかにもな感じの荒野だ。


ベランダに出てみる。

日差しが強いが、サンライトの砂漠と比べると暑くない。とは言っても、アラルの方と比べると段違いに暑いが。

「わかってはいたけど、やっぱ暑いなあ…」


煌汰はさっさと中に戻り、樹に即席の水風呂作ろうぜ、なんて言いながら部屋へ消えていった。

一瞬意味がわからなかったが、猶によると煌汰が氷で湯船を作り、樹が水を入れて即席の水風呂を作る、ということらしい。

いつ敵が襲ってくるかわからないというのに、呑気なものである。


しばらくすると、数匹の奇妙な生物が見えてきた。人間…にしては背が低く、素朴な棍棒のような武器を持っている。

なんとなく異形のような気がしたので猶を呼んだところ、やはり異形だとのことだ。


「ありゃ、たぶん『オウグ』だな。低級の獣人系異形だ。そんな大した敵じゃないが…一応片付けとくか」


輝に馬車を止めてもらい、猶と宗間とタッドで出撃した。

輝は操縦席でやることがあるだろうから、同じ弓使いのタッドを引き出したわけである。

そして、俺たちは異形たちの近くにあった岩の陰に一旦隠れた。


異形たちは意味不明な言葉をかけ合いながら、荒野をすたすたと歩いている。

放っておいてもいいような気もしたが、もし見つかると面倒だとのことなのでやはり倒しておこう。


向こうは4体いる。俺が技で一気に片付けようか、と思ったのだが、タッドがやると言い出した。

「行けるのか?」

猶は少々疑っているようだが、タッドは自信ありげに頷いた。

そして彼は弓を出し、矢を番えた…かと思いきや、弓を上に向けて矢を射った。

「弓技 [矢の雨]」


放たれた矢は空中で複数の矢に分裂し、異形たちの頭上から降り注いだ。

それはまさしく、矢の雨といった感じだった。

そして、それを受けた異形たちは一斉にパタッと倒れて消滅した。


「曲射かよ…」

猶のツッコミはもっともである。威力はともかく、見た目はまるっきりモ◯ハンのそれだ。もっとも、俺は何かに似てるな…としか思わなかったが。

猶はかなりのガチ勢だった、とも聞いたことあるし、一発で似ていると気付けるのは見事と言えるかもしれない。




馬車に戻り、輝が再び馬車を出発させたのを確認した俺は、引き続きリビングから偵察を続ける。

目を凝らして180度の範囲を見渡すが、動く影はない。


「…ん?」

平らな地面の向こうに、煙のようなものが見えた。

ぼわぼわと荒れ狂うそれは、地平線の全てを包み込むかのように広がり、津波のように向かってくる。


…それを見て、俺は何が起きているのかを察した。

すぐに中に戻り、操縦席の輝の元まで走った。

「砂嵐が来る!馬車を止めろ!」


「言われなくてもそのつもりだよ…!」

輝はレバーを引き、馬車の進行を止めた。



リビングに戻ると、猶を始めとした数名が騒いでいたので事情を説明した。

「砂嵐か…普通のなら俺の力で消せるんだが…」


「…いや、あれめちゃくちゃでかいぞ!津波みたいだった!」


「なに…?」

すると、猶は顎に手を当ててしばし考え、やがて言った。


「それ、もしかしたら異形が引き起こしたものかもしれない」


「マジか…?」


「砂漠の異形の中には、大きな砂嵐を巻き起こして獲物の視界を遮って狩りを行うものがいる。こっちに気づいてやってきたのかはわからないが、もしそうだとしたらその異形を倒さない限り砂嵐は消えない。ここは棒立ちして、向こうから仕掛けてくるのを待とう」


「それ、危なくないか…?」


「むしろ、砂嵐の中を無理に進むほうが危ない。自然の砂嵐なら、長くても3日もすればおさまるし、異形が起こしたものなら、いずれ元凶の異形がこっちに来る。どちらにせよ、今動くのは得策じゃない」


「…」

3日、というのは地味に結構な日数だ。

なるべく急ぎたい今は、大きなタイムロスに思える。

そう考えると、異形が起こしたものであってほしい…と思ってしまう。


砂嵐はもう間もなく俺達を飲み込みにくる。

生で見たことがあるわけじゃないからわからないが、自然の砂嵐はこんな大きなものなのだろうか。


果たしてこの砂嵐は、異形の仕業によるものか。それとも、自然の産物か。

リビングに開閉式のガラスを展開してもらい、俺はどこか祈りながら砂嵐を見つめた。






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