第137話 砂嵐の一夜

砂嵐の中、じっと窓の外に目を凝らした。

紛れてやってくるものはないか、と思っていたが、10分ほど経っても何も現れなかった。

しかし油断すると危ないし、まだ砂嵐が始まってからわずかな時間しか経っていない。というわけで、俺は引き続き見張りに張り付く。





窓の外一面に広がる砂の煙…それをただじーっと見続けるのは、普通に考えればすぐに飽きると思われるだろう。

しかし、どうしてか飽きなかった。…いや、飽きという感情を感じなかった、というのが正しいかもしれない。

みんなのため、安全のため…と自分に言い聞かせてひたすら眺めているうち、いつの間にかそれ自体が目的となっていた、とでも言うべきか。砂嵐を眺めるという行為自体には、もはや何も感じなくなっていたのである。


しかし、それにも終わりは来た。

なんか暗くなってきたな…と思い始めて少ししたころ、煌汰がやってきて夕飯が出来たと言ってきた。

さすがにこれは戻らなければならないので、ちょっと心配はあったが、ベランダを出た。


夕飯はカレーだった。

別に特筆すべき特徴はない、普通のカレーだったが、心の底でさっさと食べて戻ろうと思っていたのか、自然と食べる速度が早くなっていた。

しかし、それは煌汰に指摘されるまで気づかなかった。

「姜芽、どうした?なんか食べるの早くない?」


「…え、そうか?」


「うん。…何かあったの?」


「いや、そういうわけじゃないが…強いて言えば、早く監視に戻りたい、かな」


「監視?ああ、ベランダに張り付いてたのはそういうことか。…あんまり気にすることないと思うよ」


煌汰は、この砂嵐が異形の仕業によるものである可能性があることを知らないのか、と思ったので言った。

「いや、この砂嵐は異形が起こしたものかもしれなくてな。それを確かめるために、俺はベランダで監視に張り付いてるんだ」


「それはわかるよ。でも、あんまり気にすることはないだろ?馬車は透明化させてあるし、結界も張ってあるんだからさ」


「確かにそうだが…一応、な」


煌汰はふーっと息を吹き、首を横に振った。


「ただでさえ暗い夜に砂嵐の中をじっと見てて、何か見えると思う?見えるとして、相当近くに来たものくらいじゃないか?」


言われてみれば、その通りだ。そう考えると、頑張って張り付くのも無駄なような気がする。

ここは、素直に休んだほうがいいかもしれない。



とは言え、本当に異形がこの砂嵐の中に潜んでいて、深夜に襲撃してくる可能性も否定できない。なので、明日の朝6時まで2人ずつ、1時間ごとに交代する形で監視を行おうということになった…ベランダに張り付くわけではないが。


イーダス王子も喜んで協力してくれたが、一方で龍神や亮はなぜか怒った。

龍神はともかく、亮が怒った理由はよくわからなかったが、青空によると自分のリズムを崩されるのが嫌なのだという。まあ、世の中そういう人もいるだろうし、否定はしない。

なので、亮には見張りは頼まないことにした。ただ、別に彼を疎ましく思ったとかではないので、それだけは明確にしておいた。






23時。

最後の1人である猶をリビングから見送り、俺は操縦室に向かった。

そこには、すでに今回の相方…龍神が待機していた。


「おっ、来たな」


「ああ…」

龍神のたっての希望で、俺と組むことになったわけだ。

これより1時間、ここで俺は彼と共に監視をするのである。


「…ごめんな。あいにく和人以外でまともに組めそうな奴がいなくてな」


「別にいい。あと、俺は今は姜芽な」


「あ、そうだった。…いやー、いっつも1時過ぎに寝て5時過ぎに起きてるから、リズムが狂うと無性にイライラするんだよな」


妙なリズムである。というか、それってつまり4時間睡眠ということか?それでよく日中眠くならないものだ…いや、単にショートスリーパーなのか。

まあ、昔からやつだとは思ってたから、別段驚いたりはしないが。


「姜芽は眠くないか?」


「ちょっとな。でも、たかだか1時間だし、頑張るつもりでいる」


「そうか。…」

龍神は、一旦下を向いた。

「姜芽は、こっちに来てどれくらい経つんだ?」


「ひと月ちょっとだな。あと10日くらいで2ヶ月なると思う」


「ほう…その割には、色々と使いこなしてないか?」


「そうかな?まあ、この世界に来てすぐ樹とキョウラに会って技とか覚えたからな」


「へえ、すぐにか。その時も斧と剣を持ってたのか?」


「いや、斧だけだ。…いきなり桐生きりゅうが出てきたかと思ったら、なんか異世界転移したとか異能を得たとか言われるし、謎に斧を背負ってるしで最初は混乱したな」

あの時の事を思い出すと、懐かしく感じる。

しかし、今思えばこの世界に来られたことはまあ、良かったと思う。数々の懐かしい友人に出会えたうえ、人間界ではまず味わうことのない経験を数多くできたのだから。


「確かに、いきなりほっぽり出されると混乱するよな。俺なんか転移してきた時は刀だけ持たせられて、電気を操る異能を与えたとかなんとか…ってだけ言われてほっぽり出されたからな」


「へえ…それで、どうしたんだ?」


「わけもわからず、近くにいた人を殺した。…なんで殺したのかは、よくわからない。ただ、何となく…だ」


「いや、何となくで人殺すのか…」


「ああ。ま、今は生活のために殺してるけどな」


「生活のため?」


「そうだ。…前も言った通り、俺はまともなやり方では生きていけない。だから、人の命と物を奪って生活してるんだ。その点、この軍に入ってからはいろいろと楽に生活できて助かってるぜ。久しぶりにまともな友達にも会えたしな」


龍神が友達という言葉を使うのは珍しい。

いつも1人でいる彼の口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


「…さて、お話はこの辺だな。えっと、どうすればいいんだっけ…?」


博識で強いが、ちょっと変わった奴。

そんな龍神は、今も昔も俺の友人だ。

どんな種族になろうと、それは変わらない。


真っ暗な砂嵐の窓に、俺と龍神の姿が映る。

それは、かつて高校卒業の時に撮った写真とどこか似ていた。



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