第150.5話 美羽と煌汰

魔騎士、斗夏螺美羽。

普段は気の抜けた感じだが、いざ戦闘となると斧槍、あるいはハルバードと呼ばれる強力な武器を扱い、その手からは強靭な糸や強烈な毒を持つ牙を打ち出し、敵を優雅かつ残忍に排除することで知られる彼女は、実は生まれながらの騎士ではなく、また人間から直接騎士に昇華したわけでもない。


もともとは人間界の生まれで、22歳の時にノワールに転移してきた。そして地底で暮らし、虫の能力を持つ異人の一種『蟲人』となり、数十年後に騎士となった。

つまり、人間と蟲人という2つの種族を経た上で騎士となった経歴があるのだ。

蜘蛛の能力を持っているのも、元々は蜘蛛の蟲人であったことに由来しているとされている。


そんな美羽は、今拠点内の窓辺に立って日光を浴びている。


「美羽!」


「…あ、煌汰か。なに?」


「いやー、なに…ってほどじゃないけどさ。てか、なんでそんなとこで突っ立ってるの?」


「単に日を浴びたくなっただけ。蟲人は日光をあまり好まないんだけど、私はむしろ日光が好きだからね」

もとは人間であり、幼い頃から日光を浴びて遊んで育ってきた身である彼女の場合は、こうなるのは必然とも言える。

何なら、地底にいた頃は日光を浴びられないのが辛かったまである。


「あー、なるほどね。…てかさ、この際なんで美羽が騎士になったのか話してくれないかな?」


「なんで?」


「いや、なんやかんやで聞いたことなかったなーって思ってさ。ほら…僕が騎士になった経緯は話したことあるだろ?でも、美羽の話は聞いたことないからさ…」


「そういえばそうだっけ。…わかった、話すよ」

そうして、美羽は話しだした。


「私は転移してきた直後に蟲人になって、地底に放り出された…蜘蛛の能力を持つ者として、同じ虫の能力を持った奴らの中にね。で、そこでの生活は…まあ悪くはなかったんだけど、ちょっと平和すぎたんだよね」


「平和すぎた、か」


「そう。たまーにケンカとか揉め事が起きるくらいで、大きな戦いとかはまず起きない。んだから、そのうち生活に飽きちゃってさ。いっそ地上に上がろうと思ったんだけど、地底からじゃ簡単に行けなくて。しばらく待って、ある時やっとチャンスがきた。大きな地震が起こって、うちらの住んでる空間の天井の一部が崩れたんだけど、それで地上と繋がる洞窟と繋がった。だから、私はそこを通って、地上に出てきた」


「あ、洞窟から出てきたんだ。てっきり自力で穴を掘ってきたのかと思ってたよ」


「モグラじゃないんだよ?…とにかく、私は

地底での生活に飽きて地上に上がった。久しぶりの地上はよかったよ。洞窟から出て浴びた数十年ぶりの太陽は、まぶしいけど懐かしい感覚だった。そして、私はまず種族変更を目指した…蟲人のままじゃ、地上で暮らすのが大変だからね」

種族をまったく別のものに変えるということは、生まれつき異人である場合は難しいが、人間上がりである場合は十分実現可能だ。

一部の教会には、転職…すなわち種族の変換を司る力を持った司祭や大神官がおり、彼らに頼めば種族を変えることができる…生涯に3回までという制限はあるが。


「それで、騎士になったんだね」


「そういうこと。本当は防人でもよかったんだけど、行ったとこの司祭が『あなたは騎士になったほうが良い』って言うから騎士になった。そしたら、びっくりするくらいのテンポで昇格できて、あっという間に魔騎士にまでなっちゃった。…そう考えると、あの司祭の話を信じて正解だったね」

ちなみに、人間が死んでから異人となる現象は『転生』、人間が生きたまま異人となる現象は『昇華』と呼ばれ、異人がまったく別の種族になる行為は『転職』、同系統の上位種族になる行為は『昇格』と呼ばれることが多いが、これらの行為を総称して『種族変更クラスチェンジ』と呼ばれることもある。


「その時から、私は騎士として生きることを決意した。もう暗い地底に戻るつもりはない。これからは、光のある地上で、かつてのような生活を送る。そのつもりでいた」


「それで…できたの?」


「どっちかと言えば、ね。王立騎士団に入るまでは、私も普通に町で働いてたし。酒場の店員やってたけど、今思うとかなりつまんない日々だったよね」

美羽は、相変わらず惚けた目で武器をさすりながら言った。

やはり、彼女には地道に働くより戦うほうが向いているんだな、と煌汰は思った。


「それにしても魔騎士になったとはいえ、ハルバードを使えるのはすごいよ。騎士の花形武器って呼ばれてるヤツを…」

斧槍ことハルバードは、長柄武器の一つの完成形とも言われており、戦闘ではあらゆる局面に対応できる万能武器だ。しかしその分扱いが難しく、相応の経験と技量と力、そして判断力が求められる。

それ故、騎士の花形武器と呼ばれている。


「昔から斧と棍を使ってたからね、その派生って感じでやれないかなーって思って手にとってみたら、意外と使えた。今じゃ、これがなきゃ始まらないって言ってもいいかもね」


「はは…すげぇや」

煌汰にとって、美羽は幼馴染だが、同時に憧れを抱かずにはいられない存在でもある。

騎士になってから数百年で魔騎士まで登りつめ、しかもハルバードを使いこなす彼女は、騎士としても素晴らしい。

何より、煌汰は美羽のことが割と好きなのである…もちろん、邪な感情があるわけではないが。


「煌汰だって、氷を操る異能を持ってるじゃん。私に言わせれば、それも十分すごいよ」


「そんなことないよ…」

煌汰は、照れ隠しを隠しきれなかった。


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