第151話 ロードア王女

翌朝、俺たちは村長の元へ向かった。

無論、昨晩のことを報告するため…だったのだが、それは出来なかった。


というのも、村長の家が封鎖されていて入れなくなっていたのだ。

何やら家の周りに人が集まっていたが、何があったのかは分からずじまいだった。

ただ、何となく…何となくだが、村長の身に何か重大なことが起こったような気がした。


「一体何があったんだろうな…」

帰る途中でつぶやくと、龍神が特別な笑いを浮かべた。

「いや、大体見当つくだろ」


「そうか…?」

言われてみれば何となく…とナイアが言ってたが、俺には何を考えているのかわからなかった。





馬車に帰ってくると、煌汰が妙にはしゃいで出てきた。

客人が来ているらしいのだが、そうだとしても煌汰がはしゃぐ理由はないのではないか。

と思ったのだが、その奥にいたラギルの様子を見て驚いた。

彼も、妙に興奮していた。

「おお…姜芽殿!待っていたぞ!貴殿に客が…いや、来賓が来ている!」


「え?」


来賓、と言うからには身分の高い人なのだろうが、この世界にそんな知り合いはいない。強いて言えばイーダス王子かエウル王、あとは苺と吏廻琉くらいだが…。




そんなことを考えながら奥へ行くと、イーダス王子と…あと、見たことない女がいた。

金髪と緑の目をしていて、顔はどことなくイーダス王子に似ていた。

…その瞬間、何となく察した。この人は、まさか。


「ああ、姜芽さん。ちょうどあなたを待っていたところなんだ」


「イーダス王子。その人は…」


女は、俺の方を見て立ち上がった。

「あなたがこの軍のリーダーですね。お邪魔しております」


「いや…いい。あなたは…」


「私はこの国の王女、ジームリンデと申します。兄よりお話は伺いました。…兄を助けていただき、ありがとうございます」


そうして、彼女は語った。

彼女の兄…イーダスは2週間前に城から姿を消し、それ以降行方不明になっていた。

彼女は兄を心配していた。だが、同時に嬉しくもあった。なぜなら…


「お父様が、兄様を利用しようとしていましたから」


その言葉を信じられないのは、イーダスも同じなようだった。


「ど…どういうことだ?」


「ご説明します。…その前に確認させていただきたいのですが、アルバン国及びエウル王を救った旅人一行、というのはあなた方で間違いありませんよね?」


「ああ」


「よかったです。…では、お話しますね。まず、お父様はエウル王と古くから親交があり、数週間前にも、ある旅人の一行が尋ねてくることをエウル王より聞いておりました」

それで、ふと思い出した。

そうだ、元々エウル王から連絡が行ってるはずだから、本来ならわざわざ面倒な事をしなくても王様に謁見できるはずだ。

だが、その考えは次のセリフで崩れ去った。


「お父様は…いえ、正確には父上の軍師…アジェルは、その旅人一行を疎ましく思っていました。故に、賊に彼らを襲わせようと…。しかも、その際に兄様を使って賊を旅人一行に誘導するよう、お父様に吹き込んでいました」


これはアレだ。王様を影で操ってる黒幕がいて、そいつの正体を知ってるキャラが寝返る形でこっちに情報をもたらしてくれて、黒幕が誰なのかわかるパターンだ。

旅人ってのは、言うまでもなく俺たちのことだろう。

その軍師は、俺たちが邪魔だから消したいと思ってるわけだ。

そしてその道具として賊を使おうと企み、さらに賊にやる気を出させるためのエサとしてイーダスを使おうとした…

と、そういうことなんだろう。


「アジェルは、お父様には彼らが旅人一行に化けた異形や賊の類いかもしれない、と言って襲撃を企てさせましたが、本音はおそらく体の良いことを言って、彼らを…あなた方を、抹殺したかったのでしょう」


煌汰や美羽はショックを受けていた。

「ギルック王が…僕たちを…」


「信じがたいことかとは思いますが、事実です。私は、全てを隣の部屋で聞いておりました」


「ああ、僕も2人の会話は聞いた。元はと言えばそれで城を飛び出してきたのだからな」


「お父様とアジェルは、兄様がいなくなったことを知って焦っておられました。しかし…申し訳ありませんが、あのような話を聞いた後では、お二人は都合の良い駒が消えたことに焦っているのだと思わざるを得ません…」


ここで王女は言葉を切り、イーダスの方を向いた。

「そうだ、兄様。一つ…申し上げなければならないことがあります」


「…なんだ?」


「お父様は…数日前、亡くなりました」


「…えっ?」

イーダスは口をあんぐりと開け、数秒後に「嘘だ…嘘だ…」とつぶやいた。

しかし、妹がもたらした現実は残酷だった。

「兄様。…本当に残念なのですが、事実です。朝、私が目覚めた時、お父様の部屋に家臣たちが集まっていました。部屋を覗いた所、お父様は床に倒れていました。すぐに医者が呼ばれましたが、すでに…」


「…そうか。父上は…亡くなったのか…」

もっと悲しむかと思ったら、意外とあっさりしていた…というのはさておき、謁見する前に亡くなってしまうとは無念である。こんな美男美女の兄妹の父親なら、さぞやいい男であっただろうに。


「それで、葬儀は行ったのか?」


「いえ…お父様の死は当分隠すことになりました。葬儀も、行わないそうです…」


「なんでだ…?そんなのおかしいだろ!」


「私もおかしいとは思うのですが、なにぶん遺書にそうあったもので…」


「遺書?…ってことは、まさか自殺したのか?」


「はい…自ら棍で頭を叩き割り、自殺したと聞きます。昔、私達に剣を教えて下さった時に使っていた、あの棍を使って…」


「…」

イーダスは言葉を飲み、「…そうか」とつぶやいた。


「その遺書は、誰が発見したんだ?」


「アジェルです。彼が、ベッドの枕元に置かれていた遺書を最初に発見したそうです…」


イーダスは目を見開く。

彼女はさらに続けた。


「遺書には、自身の死を当面の間隠すことの他に、家臣や私たちに対する指示もいくつかありました。その中には、今後はアジェルを国王代理として国を任せるという記述もあり…」


それを聞いて、イーダスは喚いた。

「なんだって…?そんなの、信じられるか!全部自作自演だ!あいつが、父上を殺したに決まってる…!」


「私もそう思います。しかし何の証拠もない以上、誰も逆らえません」


「くっ…!今、やつはどうしてるんだ?」


「城を事実上乗っ取り、気に入らない貴族や家臣を次々に追放しています。まだ町の人々には手を出していませんが、このままではいずれ…」


イーダスは拳を握りしめ、怒りに震えた。


「私も、彼の命になど従えません。遺書だって、彼が偽造したものに違いないでしょう。故に、こうして兄様の元へ参ったのです」


「…シアナ。よく来てくれた。おまえが来てくれなかったら、僕はいずれ城に戻り、やつの餌食になっていただろう」


俺は、今の名前に違和感を覚えた。

「ん?シアナ?」


「妹のあだ名だ。ジームリンデ、では長いから、僕だけがそう呼んでいる」


「そうなのか」


王女は俺の方を見、言ってきた。


「お願いします、姜芽様。私達を…この国を、お救いください」


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