第147話 惚けた蜘蛛

「え…!?」

煌汰が驚きの声をあげた。

それもそうだろう、美羽は煌汰の幼馴染なのだ。


「ん、あんたたちは…ってあれ、宏太?てことは…」

美羽は俺たちの顔を見て、あっ…とつぶやいた。

「和人!こっちは…ひかるじゃん!久しぶり!あんたたちもこっちに来てたんだ!」


「あ、ああ…」


そこへ、イーダス王子が入ってきた。

「なんだ…彼女はあなた達の知り合いなのか?」


「知り合い…ってか昔の同級生だな。まあ、人間界にいた時の話だけど」

美羽は、高校までの同級生である。卒業後、どんな進路を進んだのかは知らない。


「人間界に…?そうか、あなた達は白い人パパラギなのか…」


王子はさほど驚いていないようだった。

白い人パパラギ、すなわち人間界から来た者に対するこの世界の住人の反応は人によって違うが、大体は立場や環境によって変わるらしい。

詳しいことは知らないが、貴族や王族、ギルド関係者などは割と白い人パパラギを見かける機会が多い…そうだが、彼の反応からすると本当なのだろうか。


「あれ、そっちの方は…見たことない顔だね。私の同族っぽいけど…」


「僕はイーダス。このロードアの王子だ」


「え…イーダス様!?こ…これは失礼しました!無礼な口を…!」

美羽はひどく驚いたようだった。


「気にする必要はない。それに、本来なら僕があなたを敬わなければならない。あなたは僕より上の種族ではないか?」


俺たは、これまで王子の種族を聞いていなかったことに気づいた。

美羽よりは下?の種族らしいので、美羽の種族を知れれば、見当はつきそうだが…。


「それは、確かに…。私は斗夏螺とから美羽と申します。種族は、魔騎士です。イーダス様、お目にかかれて光栄です」

美羽は左手を右脇の方に伸ばしつつ頭を下げた。

これは…一応お辞儀の一種だったか。なんか、見たことがある。

この世界では、これが普通というか敬意を示す時はあのタイプの礼をするものなのだろうか。


「魔騎士か…やはり上級種族だったんだな。僕は聖騎士だ、あなたを敬うのは当然だな」


「そ、そんな…!私はすでに王立騎士団を脱退した身ですし、そんなことしていただかなくても…!」


ここで煌汰が反応した。

「え、美羽…騎士団抜けたの?」


「あ、言ってなかったっけ?騎士団は、もう3年くらい前に抜けたよ」


「マジか…」


詳しく聞いてみたところ、美羽は700年ほど前にこちらの世界に転移してきて、50年前にロードアの王立騎士団に入団した。そして、10年前に魔騎士になり、それと同時に上級リヴァルの階級を得たらしい。

そしてしばらく騎士団の一隊の隊長として活躍していたが、3年前に軍を脱退。以降は国の田舎で異形狩りなどの依頼をこなしながら暮らしているという。


騎士団を抜けた理由については、「戦いばっかの日々に飽きてさ。どうせ戻るのはいつでもできるし、しばらくは穏やかに暮らしてみようかなーって思って」とのこと。

煌汰と似た、気の抜けたような感じは、今でも健在のようだ。


ちなみに、美羽が魔騎士になったのと見事に同じタイミングで煌汰が騎士団に入った。後になってお互いその事を知ったが、立場が違う上に余暇が合わずなかなか顔を合わせる事が出来なかった。そして、とうとうお互いまともに話すことなく終わってしまったらしい。


煌汰は、残念そうにぼやいた。

「僕は時間、いっぱいあったんだけどな。声かけてくれればよかったのに」


「こっちは忙しかったのよ!一部隊の隊長って、やること多すぎなくらいなんだから!」


「いや、それはわかるけど…まあいい。で、今は何してるの?」


「最近、この先の草原に植物系の異形が出てるらしくてね。薬とかの材料調達も兼ねて、狩りに行こうと思ってさ」


俺は驚いた。

「薬の材料…?なんだ、異形から薬が作れるのか?」


「うん。私、趣味で魔法薬とか作ってるんだけど、植物系とか軟体系の異形から採れるもので、それらの材料になる素材もあるの。ちょうど植物系異形の素材を切らしてたし、渡りに船だと思って」


すると、王子が感心したように頷いた。

「魔法薬ということは、ポーションか。確かに、魔騎士にはポーション作りに精を出す方が少なくないと聞く…あなたもそうなんだな」


「はい。まあ昇格する前からやってるんですけどね」


「昇格する前から?それは珍しいな。もしかして、家業が薬屋だったとかか?」


「いえ、単純に趣味です。私は白いパパラギなんですけど、転移してきた時から魔法とか魔法の薬とかに興味があって…それで始めたって感じです」


「なるほど。ちなみに、あなたは異能はあるのか?」


「ありますよ、もちろん。例えば…」

美羽は突然言葉を切り、右手を振るって草原のあるポイントに向かって何かを投げた。

そして左手を伸ばした…のだが、なんとその左手から白い糸が伸びた。


「…!」

俺たちが驚いている間に、美羽は向こうのものを糸で取って手繰り寄せ、手に持った。 

「…こんな感じです」


美羽が持っていたのは、白くてドロドロした生物だった。

ウネウネ動いていてちょっと気持ち悪いが、おそらく軟体系の異形だろう。

その表面には無数の白い糸が絡みついており、異形はもがくしか出来なくなっていた。


「…」

王子は俺たち同様言葉を失っていたが、辛うじて言葉を発した。

「あ、あなたは、もしや…」


「そうです、私は[蜘蛛]の異能を持ってます。糸だけじゃなく、牙とか毒だって出せますよ」


ここで、煌汰が再び口走る。

「美羽は特殊な騎士でね…元々は、蟲人こじんって種族だったらしいんだ」


「蟲人…?」


「そう…何かの虫の能力を異能として持つ、洞窟とか地底で暮らす異人の仲間。美羽は…まあ複雑ないきさつがあって騎士になって、そこから魔騎士まで登り詰めた。そして、今でも蟲人だった時の名残として、蜘蛛の能力を持ってるんだ」


美羽を見ると、彼女は惚けた顔で言った。

「…ま、そういう事ですよ、王子様。てか和人、あんた達は何しに来たの?」


「村の人から、草原の異形討伐依頼を受けてな。今から向かうとこだ。…あと、俺は今は姜芽、生日はやび姜芽きょうがな」


「あ、そうなの?…じゃ、姜芽。せっかくだから、これからはあんた達についてくね。久しぶりに話したいし…主に煌汰と」

美羽は煌汰を横目で見つつ、糸を収縮させて異形を切り刻んでくすっと笑った。

所業もだが、その淡い桃色の瞳も怖い。

何となく、怒らせてはいけないような気がする。そんなキレやすい奴ではなかったと思うが、念の為気をつけて行こう。



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