第140話 蒼き大賢者セニア
それからというもの、旅は概ね順調に進んだ。時折蛮族や異形の襲撃を受けたが、いずれもそこまで手を焼くことはなく、進行にはほとんど支障はなかった。
そうして、あっという間に3日を数えた。
「もうすぐだな…」
龍神が、地図を見ながら言った。
荒野を抜ければ、目的の大賢者がいる「蒼藍の森」と呼ばれる森がある。そして地図で見る限り、ジノ荒野は終わりに近づいている。まあ、それは地図を見るまでもなく感じ取れだろう…辺りの地面に少しずつ草が増えてきているし、暑さも落ち着いてきている。
ちなみに暑さが落ち着くということは、夜の不気味なまでの冷え込みも落ち着いてきているということなので、俺としては幾分気が楽だったりする。火属性故のことなのか、どうもやたらと寒さが堪えるのである…暑さはそこまででもないのだが。
なお、煌汰は逆に昼間は辛く夜は楽らしい。こちらは氷属性だからだろうか。
「大賢者…か」
俺たちが会おうとしている大賢者、セニアについてはこの3日間で調べておいた。
セニア…それは絶大な魔力と戦闘力を持ち、長き年月を生きる異人。
かつては八勇者の一人、司祭カトリアとも交友関係にあった、魔法使い系の最上位種族たる『大賢者』。そのパワーと功績から『蒼き大賢者』と呼ばれ、崇められる存在。
そして同時に苺、もといサディの実の母でもある。
それに、俺たちはこれから会いに行く。
彼女の功績や、実のところどんな感じに尊敬されてるのかはよくわからないが、すごい人物であるということはわかる。なんだか、緊張するというか…どんな人間、ではなく異人なのか気になる。
ほどなくして荒野は終わり、蒼藍の森に入った。
そこは意外にも魔力や奇妙な形の植物やキノコが溢れた、いかにもな雰囲気の森…ではなく、むしろ魔力を全くと言っていいほど感じない、ごく普通の森であった。
苺曰く、「母は魔力を完全に制御しているので、外部にはほとんど魔力が流れないんです」とのこと。魔法種族組は感心していたが、何がすごいのかよくわからなかった。
しばらく進むと、木こりとかが住んでいそうな感じの小屋のような建物が現れた。
もしかして…と思ったが、苺はそれを見て言った。
「着きました。あれが、母の住んでいる家です」
…いささか失礼だが、世間でめちゃくちゃすごい人と言われてる割には、結構ショボい所に住んでおられるようだ。
「あそこに大賢者様が?見てくれは偉くショボいが…」
龍神も、俺と同じように思ったようだ。
「当然でしょう。母にとって、派手な邸宅など何の価値も無いのですから」
「そうか…そりゃ、悪かったかもな」
そんなことを言いつつ、龍神は降りる準備を始めた。
適当な木の近くに馬車を停め、外に出た。やはり、見た目は山小屋の類いにしか見えないが…まあ、本質は内装である。
入り口を叩こうかと思ったら、苺が先に進み出た。
「出る必要はありません。恐らく、既に気づかれています」
「えっ…」
すると、ドアの向こうから声が聞こえた。
「自ら進んで挨拶をしようとする者の邪魔をするとは、感心しないな」
それは奇妙なほどはっきりと、そして生々しく聞こえた。
苺はそれを聞き、手に杖を出して背筋を伸ばした。やはり、彼女は苺の母であるようだ。
「母さん…」
「…まあいい。苺、客人を連れて入ってくるがいい。数千年ぶりの客人だ、私としても丁重に持て成してさしあげたい」
数千年ぶり…って。まあ調べた限り、彼女は100万年は生きているそうなので、そこまで長い年月ではないのかもしれない。
「はい。…皆さん、行きましょう」
苺に先導され、皆は家の中へと入っていく。
家の中は、そんな言うほど派手でもない…というか、ごく普通の家具ばかりが並んでいた。まあ、豪華であればいいというものでもないのだろうが。
部屋の奥に、他のものと比較して少しだけ豪華な椅子があった。
そして苺がそれに近づこうとすると、椅子の前の虚空から大賢者が現れた。
『蒼き大賢者』という肩書きの通り濃い青色のローブをまとい、藍色の瞳と髪をした、美しい女であった。
その瞳と髪の色、そして雰囲気は別物だが、美しい顔立ちは確かに苺によく似ていた。
「さまよう旅人たちよ、よくぞ誰も欠けることなくここにたどり着いた。私が大賢者のセニアだ」
それを聞いて、すぐに龍神が反応した。
「その言い方…もしかして、今までの敵は全部…?」
「いかにも。お前たちが荒野に繰り出した時より、私は全てを見ていた。我が元にたどり着き、私の助けを物にできる実力があるかを測るため、複数回に渡って敵と戦わせた」
なるほど、つまり俺たちは始めからこの方の視界の中にいたわけだ。しかし、ただ見るだけでなく実際に蛮族や異形を仕向けられるとは…さすがは大賢者と言ったところか。
俺は一歩前に進み、頼むように言った。
「ご存知かもしれないが、俺たちはロードアの国を救いたい。そしてその第一歩として、ある殺人鬼を倒そうと思っている。それには、星術の力が必要だ。あなたのお力で、俺たちに星術を教えていただきたい」
「お前たちが何のために私の元へ来ようと思ったのかは、既に理解している。苺の言う通り、私がお前たちに星術を覚えさせること自体は可能だ。だが、問題は別のところにある」
「それは、一体…」
ちょっと聞くのが怖い気もしたが、勇気を持って尋ねた。
「星術は、元々優れた魔力を持つ魔法種族の者が扱う事を前提にした術…非魔法種族が習得し、扱うのは難しい。守人であるお前はもとより、お前の友人たちが星術を習得するのは、不可能ではないにせよ幾分厳しい。もし本気で習得したいならば、相応の苦難を乗り越える必要がある」
そう言った上で、大賢者セニアはその冷徹な二つの瞳で俺を見てきた。
「守人にして
そう言われると、言葉が詰まる。
だが、俺ははっきりと言った。
「ある。俺の友たちも、きっとそうだ」
「そうか…」
セニアは目を閉じて黙り、そしてまた開いて微かに笑った。
「よかろう、お前たちに星術を授ける。今の異人の精神の強さたるや、如何なるものか。私に、とくと見せてもらおうではないか」
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