序章5・ギルド

女に手を引っ張られるがまま連れてこられたのは、何やら大きな建物。

小洒落た白塗りの壁が、いかにもなファンタジー感を醸し出している。


中にはカウンターみたいなのがあり、女はそこにいたスタッフらしき男と何か会話した。

そして、女は俺にエヴァンス?みたいな言葉を言ってから、奥のほうへ歩いていく。


奥の部屋には立派なソファーと椅子があり、女はソファーに座りつつ、俺には椅子を指さして何か言った。

たぶん、座れってことなんだろう。

女は、スタッフみたいな男と別の部屋に行った。


それから数分後、女がさっきとは別の男を連れて出てきた。

そして女と会話を交わし、俺に話しかけてきた。


「すみません」


驚いた。

今の言葉は、理解できたからだ。

「…えっ?」


「あの…言葉、通じてますよね?」


「あ、ああ…」


「ならよかった」

そして、また女に向かって何か言った。

女は、それに嬉しそうに応えた。


「なあ、さっきから一体何を喋ってるんだ?」


「…やはり、そうですか」

男は、一息ついて話した。


「あなたは恐らく、『黒に混じった』のでしょう」


「黒に混じった…?」


「そう。即ち、人間の世界からこの世界…『ノワール界』へ転移してきた、という事です」


そういや、ここノワール界、って世界だって聞いたな。

「ここは、あなたがいた世界とは別の世界。

『異人』と呼ばれるモノが存在し、あらゆる者が受け入れられる世界です」


あらゆる者を受け入れる…か。

あれ、そう言えば俺は『防人』って種族になったんだっけか。


「そしてあなたは、恐らく既に人間ではない。異人に…私達と同じ類の存在になったと思われます」

こいつらもその「異人」ってやつだったのか。

てか、もしかしてこいつらは俺とは別の種族なんだろうか。

見た感じ、普通の人間だが…


「防人…」

自然と言葉が出てきた。

「えっ?」


「俺は、防人だ…」

無意識に、そうつぶやくように言った。


「…防人、ですか。なるほど」

男は、何やら納得したようだった。


「では、お名前を伺っても?」


「名前…?」

えっと、何だっけ。


「名前は…あっ、そうだ。生日姜芽、って名前だったな」


「だった、…?」


「いや、こっちに来る時に、昔の知り合いに会ったんだが、そいつにこの名前をつけられたんだ。

なんか、そいつが俺をこの世界に連れてきたらしいんだが…」


「え…!?」

男は、驚いたようだった。

何か質問らしき言葉を発した女に男が返事を返すと、女も驚いたようだった。


「なんだ…何かわかるのか?」


「はい…その方は恐らく創造主様…この世界をお作りになられた方かと」

創造主…ねえ。

住人にそう呼ばれてるってことは、あいつがこの世界を作った、ってのは本当っぽいな。


「それで、あなたはなぜあそこに?」


「わからない。なぜかあそこに放り出されたんだ。

で、この女の声が聞こえて、あの山賊みたいな連中に襲われてたのを見かけて、それで…

なんで戦えたのか、自分でもわからんが」


「ほほう…」

男は、さして驚いてない様子だった。


「…なあ、もしかして何か知ってるのか?」


「異人に昇華、ないし転生した者は、異人となった瞬間にその種族としての最低限の戦闘力と本能的知識を得ます。

故に、山賊達とも渡り合えたのでしょう」


「昇華?」


「…あっ、失礼しました。この世界では、人間が異人になるには2つの方法があります。

一度命を落としてから異人となる『転生』。

生きた人間のまま異人となる『昇華』。

あなたは…人間としての死を迎えましたか?」


死んで…はないはずだ。

だって、俺はただトンネルをくぐっただけで…


「俺は…死んではいない。ただ、トンネルをくぐっただけだ」


「トンネル…?」


「ああ。パッと見普通のトンネルだったんだが、通り抜けた先が…なんか、綺麗な花畑だったんだ」


「ふーむ…それは聞いた事がないですね。

いずれにせよ、あなたが創造主様に望まれてこの世界に呼ばれた存在なのは間違いないでしょう」


望まれて…ってなんだ、異世界召喚的な感じか?

でも、俺は何も出来ないぞ?

いや、さっきは何か…やれたけど…


色々と言いたい事があった。


と、ここで女が何か喋りだした。

それに男が応え、しばらく二人は何か話した。

男が何か説明?をし、女は時折驚いたり目を見開いたりしながら話を聞いていた。


でも、やっぱり何を話してるのか理解出来ないので、男に言った。

「…さっきから、あんたら何語で話してるんだ?」


「おっと…これは失礼。私達は、メテラル語というこの世界独自の言語を用いていまして…一応、一部の発音は人間界の言語と似ていると聞きますが…」


なるほど、だから聞いたことある単語みたいなフレーズがちょくちょく出てきてたのか。

「だろうな。なんか聞き覚えあるような単語がちょくちょく聞こえたから」


「英語…でしたっけ?に近い単語があるのはわかります」


いや、こいつ人間界の言葉知ってるのか。

まあ、よく考えれば当たり前かもしれん。

だって、俺とこうして人間界の言葉で話してるんだし。


「…そう言えば、あんたなんで人間界の言葉がわかるんだ?」


「昔、知り合いの異人に教わりましたので。

この世界では、人間界の言葉に精通している異人はそれなりにいますよ」


それは、よかった。


「しかし、あなたにはこの世界の言葉はわからないでしょう。

なので…」

男は、左手に白いひし形の物体を持った。

そして次の瞬間、それが白く光った。


「うわっ!?なんだ!?」


「ご安心下さい。今のは、翻訳魔法をかけただけですから」


「えっ?」

翻訳?魔法?

なんか、急に意味がわからない言葉が出てきた。


「…あっ、そうでしたね。

この世界には、魔法というものがあります。

それは戦闘の他、生活や仕事にも使われています。

そしてそのうちの一つが、この翻訳魔法です」


「翻訳魔法…?」


「はい。これがあれば、異種族間や白い人パパラギ相手でも言葉が通じます。

現に、私は今メテラル語で話しています」


「え、そうなのか…?」

すると、女が驚いた顔をした。


「あなた…私達の言葉を話せるのですか!?」


「いや、話せるというか…」


「…あっ、そうですか、翻訳魔法ですか…。

ですが、お話が出来てよかったです。私はキョウラと申します」


「キョウラ…俺と似た名前だな。俺は生日姜芽っていうんだ」


「姜芽様、ですね。確かに、私と似たお名前です。…あっ、失礼ですが、姜芽様の種族は…」


「種族…ああ、そうだ、防人だ」


「防人…ですか。私は修道士です」


「修道士…?」

ここで、男が会話に入ってきた。


「キョウラさん、彼は白いパパラギですよ。種族の説明をお願いします」


「あっ…これは失礼しました。修道士は、神に仕え、人々を救う事を目的とする種族です。聖職者、と呼ばれる事もあります」


「神に仕える…か」

まあ、ようは聖女、ってとこか。


「先程は、危ない所を助けていただいて…ありがとうございました。私は修道院を出て、修行の旅に出たばかりなんです。それで、あの村…メルスの村で暴れているという盗賊を退治して、村の人達を助けようと思ったのですが…お恥ずかしい事に、私一人では、とてもあのような風貌の者たちと戦うことなどできず…」


なるほどな。

てか、さっきの奴ら盗賊だったのか。


「そうか…」


「ですが、姜芽様が賊を倒して下さったおかげで助かりました。ありがとうございます」


「いや、俺は…その…」

感謝されても何とも言えない。

体が勝手に動いてやったようなものなのだから。


「姜芽様は、創造主様に招待されてこちらの世界に来たそうですね。

異人に昇華して間もないのに、異人の賊を倒せるなんて…やはり、創造主様直々に招待された方は違いますね」


「え…えーと…」

返答に困る。


「この先のご予定は、何かおありなのですか?」


「いや、何も」


「であれば、その…厚かましいお願いなのですが…私を同行させていただけませんか?」


「え?」


「実は私…孤独が苦手なんです。旅立ちを命じられたのはいいですが、共に旅をする人がいないと、どうも落ち着かなくて…。

それに私は、戦いは実戦の経験が浅く…。身勝手ながら、姜芽様のような方にご一緒できれば、何かと旅がしやすくなるかと思いまして…」


そして、女…キョウラ、だっけ?は頭を下げて、

「お願いします。どうか、私をあなたの旅に同行させて下さい!」

と言ってきた。


え?マジで?

異世界転移して、初めての仲間は聖女?

もちろん嫌じゃないけど…いいの?

俺、今こっちに来たばっかりだよ?

この世界の事、何も知らないよ?


でも、まあ…こうなりゃ、答えは一つだ。

「…わかった」


「わかった…と言うと…?」


「いいよ。ついてきてくれて」


「…!ありがとうございます!」


キョウラは喜び、男が口を挟んできた。

「よかったですね、キョウラさん。姜芽さんも、ありがとうございます」


「いや、俺は何もしてないよ。ただ、仲間を得ただけだ」


「仲間…私を、仲間と認めてくださるのですね!?」


「そりゃな。俺も一人は嫌だ。それに、あんたが一緒に来てくれるなら、普通に仲間だろ?」


「姜芽様…!ありがとうございます!精一杯尽力させていただきます!」


とまあこういう訳で、まずは一人目の仲間が出来た。

これから行く先でも、こんな感じの出会いがあるんだろうか。

多種多様な「種族」の「異人」と、出会う事になるんだろうか。


まあ…それも悪くないかもな。

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