序章4・盗賊の蛮行

若き聖女キョウラは、大いに困っていた。

修行のために来る場所を、間違えたと思ったからだ。


キョウラは修道士という種族の異人だ。

修道士は光魔法を専門に扱う魔法種族であり、女性の場合は聖女と呼ばれる事もある。


修道士は、善行を積んで人々を救う事、神を信じる事、の2つを生きる目的としている。

そして、それらを達成するために日々修行に励んでいる。


キョウラは長らくセドラル城下町の修道院で修行していたのだが、先日、これから3年間の外界回りを院長から命じられた。


外界回りとは、修道院の外に出て、これまでの修行で得たものを総動員して行く先々で人々を救って「徳」を積むという修行で、これを完遂すれば修道院に戻った時、院内での地位が上がるという、いわばテストのようなもの。


キョウラは、初めて生まれ育ったセドラルの町を出た。

彼女が向かったのは、辺境にある農民の村メルス。

その理由は一つ。メルスの人々を救い、徳を積むためだ。


メルスでは、最近ソネットと呼ばれる盗賊が出るようになり、村や近くを通る人々を襲っているという。

そこでキョウラは、その盗賊たちを追い払い、村の人々を救おうと考えたのだ。


最悪、盗賊達の命を奪ってでも人々を救うつもりだった。

修道士は基本的に殺生を禁じられているが、人々ないし自身を守るためにやむを得ない場合は例外的に殺生を認められている。


そしてキョウラは、メルスへ来た。

メルスの村人はほとんどが人間であり、修道士など見たこともない者ばかりだったため、皆彼女を大いにもてはやした。


そして人々は、キョウラに盗賊の退治を依頼した。

盗賊はみな、防人だ。

故に、人間である自分達では歯が立たない。

しかし、異人であるこの女性なら、という藁にもすがる思いでの行為だった。


キョウラはこれを引き受けた。

今まで戦闘の訓練を数え切れないほど受け、技術を磨いてきた。

それに、彼女は有名な剣士の家系の出身で、しかも剣を扱っている。

例え実戦の経験がなくとも、代々流れる家系の血が覚醒すれば、きっと無類の強さを発揮できる。

昔から様々な人にそう言われてきたし、自分でもそう思っていたのだ。


しかし、現実は違った。


盗賊達は、キョウラを見るや否や、彼女を生け捕りにせんと突っ込んできた。

いざ盗賊と対面してみると、その迫力に圧倒され、とても戦う気になどなれなかった。


だが、それも仕方ないだろう。

彼女はこれまで数十年もの間、修道士以外の異人とほとんど関わってこなかった上、盗賊など一度たりとも見た事はなかったのだから。


キョウラは逃げ出した。

彼女には、それより他の考えが浮かばなかったのだ。


キョウラは、自分の浅はかさと不運さを呪った。

修行に出たつもりが、自身の大切なものを何もかも失った末、道半ばで命を落としてしまう。

こんなにも悲しく、不幸なことがあろうか。


あっさりと追いつかれ、四人の盗賊に囲まれてしまった。

盗賊たちは、喜びの声をあげた。


どうして、こんな事に。

私は、道半ばで倒れてしまうのか。

神は、私を見捨てられたのか。


頭を抱え、彼女がそう思った直後だった。

突然大きな叫び声が聞こえたかと思うと、目の前の盗賊が突然振り向いた。

そして、一人の男が盗賊に背後から襲いかかっていた。


その男は、白い両刃の斧を持っている。

本能的に、別の種族の異人だとわかった。


そのまま男は盗賊達と乱闘を繰り広げ、2分もしないうちに盗賊をみんな倒してしまった。


驚いた事に、男は何があったのかわからない、という顔をしていた。

とりあえず助けてもらったので、感謝の言葉を述べた。


しかし、男はきょとんとしていた。

言葉がわからないのか?


いや、今彼女が喋ったのは『メテラル語』。

この世界の公用語であり、この世界の者なら誰でもわかるはずの言葉である。

と、なると…?


キョウラの脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。

もしかしたら、白い人パパラギだろうか?


この男は恐らく、元は白い世界ブランの者。

こちらの世界に異人として転生したか、あるいは転移して異人に昇華したのだろう。

となると、報告せねばならない。


この世界では、転生・転移してきて間もないと思われる白い人パパラギを発見した場合、最寄りのギルドへの報告が義務付けられている。

修道院にいた時、そう教わった。

幸い、この近くにはセドラルのギルドの支部がある。

そこへ行って、この男の事を報告しよう。


キョウラは立ち上がり、伝わらないのを承知で言った。

「助けて下さり、ありがとうございます。

詳しいお話は村でお伺いしますので、ついてきて下さい」


ついてきてほしい、という意思が伝わったかすらもわからないので、手を掴んで引っ張るように歩いていく。

男は何か言っていたが、やはりキョウラにはわからなかった。


ギルドに行けば、状況も変わるだろう。

幸い、あそこには白い世界ブランの言葉がわかる者もいる。

この男から話を聞くことが出来れば、彼が一体何者なのかわかるだろうし、場合によっては協力してもらえるかもしれない。


キョウラは今、一人だ。

だが、自分はまだ一人で立てる者ではなかった。

もはや、一人でこの修行を終わらせられる自信は全く無い。

故に、どのような形であれ、仲間が欲しい。

共に歩み、旅をする人が欲しい。


若き一人の聖女は、心からそう思ったのである。

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