第3話 モブは夢を見る

 夢を見ていた。


 それは、まだ俺が小学生の時。


 その時の俺は、いつも新しい世界に目を輝かせていて、毎日が楽しかった。森の中を探索したり、海に潜ったり、公園でがむしゃらに走ってみたり。


 でもいつからだろうか。この世界は、『いつもの事』で満ち溢れるようになっていた。


 新しい出来事など起きない。


 代り映えのない世界。


 だんだんと綺麗だったはずの風景が、ぼやけてくる。


 子供のころは、色鮮やかに見えたこの海も、今ではただの濁った水のように見えてしまう。


 こう感じるのは、俺だけじゃないだろう。誰しも大人は、子供のころのような感性を徐々に失いながら成長するものなのだから。


「佐藤くん!見て見てこの貝殻!すっごい綺麗だよぉ!」


 莉愛は、浜辺で横たわる俺の傍までやってきて、屈んで貝殻を見せてくる。


 艶やかな生足、健康的な太もも、そしてその奥に、今か今かと見えそうになる財宝。風よ吹け。


 おっと……無意識のうちに目があらぬところへ行ってしまっていた……。


 俺は愛理の輝いた目をのぞく。


 一本一本丁寧に手入れされたサラサラの黒髪。そしてそれが、肩の辺りで綺麗に切り整えてある。髪型には疎いが、いわゆるロングボブというやつだろうか。


 ショートが似合う人は美人が多いというが、莉愛に限ってはまた別格だ。むしろ似合わない髪型などあるのだろうか。それが気になってしょうがない。


 海の引く心地の良い音と、潮風に浴びいた彼女の髪は、まるでその場の時を止めたかのように、俺を魅了した。


 可愛い。


「確かに。めっちゃ綺麗です」


 貝殻には目もくれず、俺は莉愛の目を見つめながらそういった。正直、自分でもキモイと思う。


 俺とは違って彼女には、この貝殻が色づいたように見えるらしい。いい意味で、小学生のような感性を持った少女だ。


 莉愛は次々と綺麗な貝殻を見つけては、俺に見せてくる。


 楽しそうで何より……


「って違ーーーーーーーう!!」


 俺は思いっきり上半身を起こしながら、芸人のようなテンションでそういった。


「わぁ!ど、どうしたの佐藤くん」


 もちろん彼女はビックリ顔で俺のことを見る。手に持っていた貝殻が何個か落ちてしまうほどに動揺していた。


 ごめん。驚かせるつもりじゃなかったんだ。


 そ・れ・よ・り・もだ!!なんで俺は今普通に川北莉愛と話してるんだ!どうしてこうなった!?


 夢を見ていた……とかいうクッソ恥ずかしい冒頭から始まったり、川北さんのことを莉愛って呼んだり。


 そうか……俺はいま浮かれてるんだ。


 思い出してきた。あの後、空き教室で告白をOKした俺は、にやけ顔でデヘデヘしながら彼女とそのまま一緒に帰ることとなり、そして現在!途中で海に寄っている。


 色がない……やら、海が濁った水に見える……などとほざいていたのは、ただ単に今日の天気が曇りで、太陽が出ていないだけである。


 1話でも言ったが、今朝は雨だったからな。


 つまり、この美少女は、俺をポエマーにしてしまうほどに、破壊的な可愛さを持っているのだ。


 そんな美少女が俺と付き合いだと……?


 あり得ない……。


 ウソ告かとも思った……だが、なぜかさっきからやけに距離が近い……。


 それに、定番のネタバラシがまだだ。


 俺を泳がせているのか……?


 罰ゲームで実際に一週間は付き合わないとダメ的な?そういうやつなのか?


 ってことは俺はあと一週間で用済みってわけだ……。


 全然いい。


 あの川北さんとこんな近くで、二人きりで、更にパンツギリギリまで見れたんだ。なんだったらもう死んでもいい。


「違うってなんのことー!気になるよー!」


 川北さんは、上半身だけ起きた俺の手をぐいぐいと引っ張りながら微笑んでいる。


 いつの間にか、手にあった貝殻はなくなっている。


「あ……」


 その時、冗談でもポエムでもなく本当に、世界が色づいて見えた。


 夕日が出てきたわけでもない。


 彼女を思うと俺は……。


 いつもとは全く違う、綺麗な世界が見えたのだ。


「川北さん……。俺、川北さんが好きだ」


 俺は立ち上がって、彼女の目を見ていった。


 そこには、先ほどまでのやらしい気持など微塵もない。誠実な気持ちだけだ。


 一週間後に振られて、学校中の笑われ者になったっていい。それでも今、この気持ちを伝えなければ爆発してしまうほどに、俺の気持ちは高ぶっていた。


 その時、動揺した彼女は、屈んだ状態をキープできずにバランスを崩し、後ろに盛大に倒れてしまった。


「あ、あわわわわ!!」


「だ、大丈夫!?川北さ――」


 その時俺は、彼女の艶やかな太ももの更に奥に、世界などどうでも良くなるほどの、財宝を見つけた。


「白……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

圧倒的モブな俺にこんな可愛い彼女が出来るわけがない 風鈴 @Hu-rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ