第9話 ワッパの秘密

「食事にしましょう。」

そう言ってワッパは、穀物その他をこねて焼いたものにパティと野菜を挟んだ料理を食べ始めた。常々不思議なのだが、彼の頭部は犬の顔を投影したホログラムのようならガラスのようなもので覆われたパーツのはずだ。どうやって食べているのだろうか?疑問は尽きないがとにかく、彼はそういったものを食べ始めた。要するに、ハンバーガーなのだが、彼の手にあるそれがハンバーガーという名称なのかどうかは私には判別がつかない。地球のそれとは違う、目に馴染みのない色合いの野菜たちが、その謎を深めていた。しかし。

(ワッパが、ワッパーを食べている)

そう思っても、そんな冗談を言い出せそうな雰囲気ではない。わたしも、目の前の地球式ハンバーガー...要するに普通のハンバーガーのセットのポテトをつまみながら、彼が話し出すのを待った。

「パラノイドル戦争のことでしたよね。やはり、気になりますか」

「宇宙史上最大にして最悪。そう、教本のデータには記述・説明されていた。」

「そうですか。そうですね。...パラノイドルの性質にかんしては、ご存知ですか」

「いや。まだそこまでは知らない」

「...パラノイドル。宇宙を支配せんとした、高度知能を持った生命体に寄生し知識と経験と肉体を喰らう、残忍極まりない生物の総称。ひととき、宇宙時代に突然変異種といして産まれたとされる彼らは多くの生命体に寄生し、徒党を組み宇宙を支配しようとした。」

「...すごく、怖い」

「そう、ですよね...。宇宙中の命が、当然、そう思った。皮肉な事に一つの強大な敵を前に、彼らは一致団結した。パラノイドルはその生態並びに抹殺方法について研究し尽くされ、100億、千億を超えるとも言われる多くの命の犠牲の果てにそのほとんどが駆逐された」

「...そんなことが」

「だが、彼らもまた知能を持った生命体だった。だから、おこぼれで生かしてもらえた個体もまた、存在した。...脱いでも、いいかい?」

ワッパは、自分の頭を指差して、そう聞いた。

「うん」

わたしは、あの顔が再び見えてしまうのかと怖れた。けど、今は向き合わなければならないんだ。ここまでの話の流れから推察するに、彼は。

「いいよ。でも、地球の空気は毒なんじゃ」

「ありがとう。少しなら、問題ありませんから」

その頭は、今まで出会ったあらゆるものを使っても形容詞がたい、恐ろしいものだった。どどめいろの、およそ生命の形とは思えない、液体のような個体のようなソレを見たわたしは、泣くまいと思っていたものの思わず泣いていた。

「目を逸らして頂いても構いません」

「いや。わたしは逸らさない」

「そうですか。...そう。わたしは、その生き残り。パラノイドル識別番号003。それが私に、与えられた名前」

「パラ、ノイドル...」

「パラノイドルはある程度成長し自我を得てからは、知的生命体を乗り物のように扱います。寄生しては乗り捨てて、その記憶や経験を蓄積していくのが特徴です。本来はね。しかし、僕はパラノイドル大戦中に捕獲された幼体だったので、それは法律で硬く禁じられました」

「なら...何故あなたは体を持っているの」

「それは、肉体を公式に得たから。この肉体は、本人が死んだ直後に、譲り受けました」

「えっ」

「この肉体は、自殺したある青年のものなのです。心労が祟り亡くなったその肉体を、僕がもらいました。」

わたしは推し黙って、話を聞き続けた。

「この肉体を貰って、長い年月がたちました。それを許可してくれたある人には本当に、本当に感謝している。でも...毎年のように手術をして、僕の体は保たれているこの体は、見ての通り醜悪なものとなってしまった。本当は僕も、肉体を新しくすげ替えたい。それが、パラノイドルという生き物の業なのです。ただ、本能がそう叫んでもそれはできない。そうすれば僕は宇宙中から殺人鬼として嫌われる。僕は...何も悪いことをしていない。それなのに、言われのない罵倒を浴びせられ、生きてきました」

本能で、知的生命体を乗り換える。...私の目の前に居るのは、そんな化け物なのか。

「だから僕は犯罪捜査官になることにした。宇宙の平和を守る捜査官として、証明しようとしたんです。パラノイドルという生き物の自由を証明するために。必死に、毎日成果を挙げねばと思い、必死に、必死に...」

目に該当するのである部分から、何か、液体のようなものが垂れた...ような気がした。泣いて、いるのだろうか?

「けど結局私は、その職を追われた。大きな仕事で一度失敗したのです。それですっかり、心が折れてしまった。だがここで立ち止まれば、結局はバカにされて終わる。それだけは嫌だ。そう思った私は職を探した。その時わたしはこの星に来ました。先行惑星調査員として、未開拓のこの星の文明の発展度合いが、宇宙社会に馴染めるほどの水準に達しているのか、調べるために」

先行惑星...ちょうさいん?つまり、連邦登録前から、この星に来ていたということか。

「実は、あなたに言っていなかったことがあるんです。5年前にこの星に潜伏していた時から...実は...」

なんだなんだ?指で頭を掻き始めたぞ?

「僕は、その時からあなたのファンでした」

ブフーーーーッッッ!!!!わたしは、片手間に飲んでいたオレンジジュースを思い切り吹き出してしまった。

「はぁあああああ!!???」

「いやー。失職した僕にとっては心の支えでしたからね。個人勢の頃、まだ登録者1000人記念とかもやってない頃。『わんた』っていう名前のユーザーが、配信によく来てたの覚えてますか?」

「覚えてますか、って。覚えてるに決まってるじゃんか!なんか、私生活が謎に満ちてるというか、そう思ってたけど!」

「そうです。規模が大きくなってからというもの、中々コメントも書き込めて居なくて。地球での通貨を手に入れたり、アカウントを取得したりするのは、まあ骨が折れました!」

そりゃ、法治国家の我が国でそんなことするのは骨が折れるどころの騒ぎじゃなかったでしょうね。果たして、そこまで苦労してやることの対価がvtuberの観賞って、見合ってるのか?でもなんだか嬉しいような、急に頭に情報をブチ込まれてショックというか...優秀なのなアホなのか。

「本当に偶々だったんですよ、あなたに出会えたのは!私が推薦をしたわけでもないのに、この仕事の延長であなたとお仕事が出来ると聞き、必要以上にドキドキしてしまい!!」

あの月月面での奇人ムーヴは、こいつの元々のキモさにさらに、こじらせオタムーヴを重ねた結果だったわけか。納得。

「わたしは、あなたのことが大好きです!」

距離詰めるのはや。

「あなたを失ってしまうのは辛い」

はぁ。

「だから...あの時も」

あれ、またシリアスモードに戻ったぞ。

「あなたならと思ったんです。もしかしたら、滅多に誰かに見せることの無い素顔も、受け入れてもらえるかと」

なるほどね。だから急に宇宙船内で素顔を見せてきたわけか。それにしたって、もっと気遣いがあってもよかったと、やっぱり思うけどね。

「チャンネル登録者10万人企画のお悩み相談企画で、誰にも言えないコンプレックスがあるんですって送ったのを読んでもらえた時、すごく嬉しくて」

ああ、そんなことも...あったな。でも、この関心の薄さを彼に伝えたら、下手したらこいつ死ぬんじゃないか?

「けど...ごめん。やっぱり、醜いよね」

「そっ...そんなことない、って言ったら、嘘になる。正直君は、色々とキショイ」

「えっ、そこまで言う!!??」

うわぁ、すごくショックを受けている。種族の壁を越えて、それが伝わる。けれど、私は続ける。

「けどね。理由を知ったからには、私も君に対する心積もりは変わるよ。...本当に、話してくれてありがとう」

本心だ。全て。

「えっ」

「話すのがもっと後になってたら、私、あなたに対する信頼がぐんと落ち込んでいたかもしれない。すごく、話し辛いことだったと思う。だから、その気持ちを押し切って話してくれて、ありがとう」

あっ。さっき、泣いたと思われた時と同じ部位からまた何か出てきた。やっぱり、涙なのかな。

「それ、涙なの?」

ワッパは手袋でその部位を拭き取ると、

「....はい」

声を震わせながら、そう答えた。

「そっか。もっと教えて。あなたのこと。そうすれば、あなたに対する恐怖心もきっと減る」

「そ、それは、告白!!??」

「ちげーよキショイ。ビジネスパートナーとして、あなたをもっと知りたいだけ」

「えっ」

あ。ショック受けてる。なんか私が悪者みたいじゃないか。

「ま、まあ?別に全然友達とか思ってないけど、もっとあなたのことを知ることが出来たらさ。友達くらいにはなってあげても、いいよ」

ニコォ。そんな擬音が、よくわからない構造をしたその顔から、聞こえてくるようだった。うわぁ、やっぱ理解しないほうがよかったのかな。私、わかってきちゃってるのかな?いつ泣くとか、笑うとか。

「そっ、その。これ、できれば読んでください」

「ナニコレ」

そこには、白い封筒をピンクのハート型シールで留めたもの。コッッッテコテのこてこてすぎて昨今極稀にしか見ないタイプの、ラブレターだ。

「隅々まで読んでください。家で、一人きりで!読んだ後は、大事にしまってください」

うわ。え?ファンレターですか?それともラブレターなんですか?

「あ、ありがたく受け取る。アハハハ...」

そんな、乾いた笑いが起きてしまった。この調子で、万博、上手くいくのかなぁ。

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