第8話 パラノイドル
「デーバ様、怒るよなぁ。でもなぁ。この星の上で潜伏するのにだって限界はあるしなぁ。うぬぬぬ...」
元々丸まった背をより丸めたトカゲ宇宙人は、人里離れた山奥に一人、縮こまっていた。外から見れば何もない山。ただ、不可視の結界を超えて一度中に入ればそこには。
「はぁ...」
巨大な宇宙船が一隻、山に突き刺さっていた。黒と金を基調とした船体には、所々不自然に補修された箇所があり、かなり不格好だ。そのフォルムは地球のロケットに似ていて、先端が地面に突き刺さっていて、船体の全長の3分の1を占める割合が埋まったままになっている。
「ただいま帰りましたよ~っと。はぁ...」
とどまることの知らないため息。壁面に無理矢理ぶち開けられた緊急入船用の扉に向かって、とぼとぼと歩きだそうと...
「やあ、おかえり♪」
していたその肩には、いつの間にか手のひらが置かれていた。
「ひぇぇぇぇええええ!!」
「やだなぁ。ただいまを言う部下に向かっておかえりを言うのはトップの務めでしょ♪」
「でっ、デーバ様!今は別の計画のために宇宙に発っていた筈では...」
「それがねぇ、事情が変わったんだぁ?この星に留まる理由ができたんだよね♪それで、あの脱出したガキ、見つかったの?」
「え、ええ。見つかっては、いま、す」
「見つかって『は』?んん。なんか一音多くないかな♪」
「ひぃ...そっ、その!!見つけはしたんですが回収は叶わずっっっ!!!たっ、大変申し訳ございませんんんん!!!」
「おやおや...」
デーバは全身を宇宙服に覆われており、その全容を確認できない。怯えて震えるラッピツの周りを、ぐるぐると歩く。その視線を直接浴びないように、ラッピツは目を逸らし続けた。
「この、船を覆っている秘匿領域を作り出すのだって、タダじゃないんだよ?このままじゃエネルギーが切れて原住民や連邦に見つかるのだって時間の問題...お金が欲しくて生き物を売り捌いてるのに、君たちのせいで赤字になってるんだよね♪」
「申し訳ございません!申し訳ございません!」
「オウムみたいに泣くだけの猫背クンに興味はないよ。やっぱりさぁ...実績見せてもらわなくっちゃ、だよね」
「はいぃ。なんとかします...」
「わかればよろしい。僕は僕で別にやりたい事があるから、はいこれ」
「これは?」
「実銃。分子破壊式の」
「はっ...分子破壊式!!??そんなもん、この星に持ち込んだらしょっ引かれる!わたしが死ぬ!!」
「そうだねぇ。連邦に登録したての星で騒ぎを起こしたら、きみの人生終わりだね。でもでもさぁ、別に君が捕まったところで僕には支障は無いでしょう?そもそも船が墜落しなかったら、こんなことにはなってないんだからさ。そうだよね♪」
「はぃ。ほんとにその通りです...」
「じゃあ、あとは君たちに任せるよ。僕は僕でやりたいことがあるんだぁ。じゃあね」
いつの間にか、デーバは消滅し、このはが揺らいだ。
「実銃所持...バレたら...わたしは」
「ええい。やってやる。やってやりますとも!あの、クソガキめ...」
そして、同じ時。万博まであと28日となった朝の10時。
「地球の魅力...地球の魅力...」
宇宙人の子供がピアノを弾くのを尻目に、パソコンを打ち、携帯端末を弄り、メモを開く者の姿があった。その足元にはカラフルな付箋が平らな状態、あるいは丸まった状態問わず散らばっており、手元の携帯端末には資料を調べた履歴が溜まり、それでいてパソコンの「暫定歌詞」の項目は1文字も埋まっていない。
「地球の魅力とはなんだぁーーーー!!!!」
「資料、ご要用でしたらいくらでも用意する、とは言いましたが...中々散らかっていますね」
「ザック!作詞作曲編曲、全部私がやるのか?しかも、2週間で?その後、レコーディングまでやると!!??」
「はい。なんなら私も手伝いますよ?私がここに配属されたのは、私が音楽にも理解があるからです」
「いや、わたしが完成させる」
「頑固ですねぇ...それで?地球の魅力、見つかりましたか?」
「そうは言っても難しい。地球とは、私にとっては生活圏の最大範囲だったところだぞ?魅力なんて、他と比べなければわかりようもない。宇宙の歴史に関する資料を眺めても、まるで解決策が浮かばん!!」
「突き詰めれば突き詰めるほど、見えなくなってくるものもありますって。もう寝てはどうですか?昨日から徹夜で...」
「そうは言っても納期がある。納期までに最高傑作を仕上げるのが私の..しご.....と...」
あ。寝た。全く、芸術のために根を詰めて倒れるとは。あれ程止めたのに。私はザック。この方をサポートすべくこの地を訪れたのだが、ここまで典型的な芸術人間だとは思わなかったものだ。私にも気持ちはわかるのだが、ライフフェーズが後半に差し掛かっているにも関わらずここまで根を詰めるとは、中々肝が冷える。
「おじさん、寝たの」
「おや。ピアノはもういいのかい」
そして、ぽつぽつとしか喋らないサリュード星の子供、キューリ。この子を保護すべく、この周辺は厳戒態勢だ。そういう意味でも、私は気が休まらない。
「うるさいかと思って」
「そうかぁ。素敵な気遣いだね」
「うん...」
「えぇっと。キューリって言ったっけ。大丈夫。君の出身星についても、色々わかったし、母星に...」
「お父さんとお母さんが死んでるのも、知ってるの」
「...」
「知ってるんだ。いいよ。気を遣わなくて」
「...申し訳ない」
「何が?」
「我々というものがいながら、長い間君には辛い思いを」
「...いいんだ。もうどうでもいい。感謝してます、皆さんには。だって僕なんかのために、夥しい数の人が動いてるんでしょ?それって、なんだかもったいない」
この子の言葉ではない。それは直感的にわかった。言葉を紡ぐ度に、口が僅かに固く結ばれて、その後喋り始める。何かが彼の言葉を塞き止めているのには間違いない。私は、連邦との秘匿通信のことを思い出していた。
「キューリ・ミカドー。サリュード星の出身のサリュード星人だ。」
「サリュード星人。といえば...極めて優れた頭脳集団と有名な、あの」
「そうだ。腕が4本ある。だが、君の報告によればその子は腕が3本しかないとか。それで、彼の身元を連邦の権限を以って調査した」
「それによれば彼は、デーバの末端の配下が引き起こしたテロによって不幸にも両親を失い、その際に片腕を失ったとある。詳細は...ふせておくがね」
「という事は、彼の違法奴隷船に捉えられていたのは...」
「ああ。あの星は超がつくほどの法治国家だ。長い歴史と多くの頭脳が積み上げた研鑽によって極端に犯罪による死亡が少ない。違法奴隷船も片っ端から検挙され、最早脅威とはみなせないものとなっていたはずだった。であるにも関わらず!!彼は連れ去られた。...それも事件の後、すぐにだ。福祉が手を差し伸べる暇すら与えられなかった」
「彼が...デーバがキューリに執着する理由は、違法経路を航行した証拠の隠滅だけではなく、その種族としての希少性を買っているという事なのでしょうか」
「そうだな。奴。デーバはお前も周知の通り、パラノイドルだ」
「パラノイドル...ええ。そうですね。今、どんな姿をしているのかすらわかりません」
「今度という今度こそ、やつを滅殺する。そういえば、こんな噂は聞いたか」
「どんな?」
「この星には、ワッパが来ているという噂」
「ワッパが!まさか、彼は」
「いや、彼はお前と同じくサポーターとして来ているらしい」
「なるほど。そうなんですね...」
時間にしてわずか、一秒にも満たないその間。私が目の前のキューリに意識を引き戻すと、彼は大きな黄色い瞳でこちらを見つめた。
「あのさ。ザックさんたちが追いかけてるのって、パラノイドルのデーバなんでしょ」
「それは...」
「いいよいいよ。ザックさんも、色々秘密にしないといけなくて大変だろう?それよりあなたも眠いんじゃないの」
「問題ありません。この星の時間基準で言えば、一日三時間も寝ればオッケーですからね」
「そう」
妙に肝が座っている。そう感じた。彼の出身星のサリュードは、高度に発達した文明がその星の住人を取りこぼさないようにと努力を続けた、医療技術と科学技術の結晶のような星だ。従ってその死因の多くを老衰が、次に自殺が占めるという。彼の星の住人たちは4本の腕と高度なブレーンと引き換えに、鬱患者が多くいると聞く。
「何か食べます?甘いものがあります。色々取り寄せましたから」
「...ありがとうございます。いただきます」
キューリが開けたのは、サリュードの名物甘味、アイラハールだった。そしてときは、昼の11時。
「ねえワッパ」
「何ですか」
「さっきからなに食べてんの?」
「アイラハール。サリュードという星の甘味ですよ。この星の類似するものと言ったら、そうですね...水まんじゅうみたいなものです。甘すぎず、つるんとしていてとても美味しい」
「いいなー。それくれない?」
「地球人に地球外の食べ物を食べさせるのは、危険です。何故なら、あなた方の体の構造はわかっていないので。万が一のこともありますから」
「ちぇ、けち。でも、正論だよなぁ~。あのさあ」
「なんでしょうか」
「この、宇宙歴史学?っていうの見てたらさ。色々すごいこと書いてある。面白いね」
「え、あぁ。そうでしょうそうでしょう」
「サリュード近代史、アイザール星系大戦」
「その辺、割とセンシティブな話題ですからね。配信で触れる際には注意が必要です。下手すると宇宙規模で炎上します」
「うへぇ。でも、そうだよね。人に歴史あり、宇宙人にも歴史ありってことか。あとさぁ、これ。パラノイドル戦争っていうのも中々凄絶だなって。...ワッパ?」
「...」
「どうした?固まったまま。そのお菓子、もらっちまうぞ」
「え?あ、あぁ」
「なんか、隠してるな?」
「何も」
「そんなわけない。今の狼狽え方は尋常ではなかったからな」
「本当になんでもありません。ほっといてください。」
「お、おう。なんかごめん...」
ワッパが珍しく、めちゃくちゃ萎んでいる。私はその理由が気になったが、これ以上つついてはいけない事なのだと直感的に理解した。
「宇宙人に、歴史ありってわけね」
そう思い、私はその日のスケジュールを淡々とこなした。コンプライアンスをしこたま叩き込まれて、久々のボイトレに体力を持っていかれ、若干落ち込みを引きずっていたワッパの機嫌をとったりしながらも、
「お、終わった...疲れた」
夜7時。全ての会議、レッスンが終了した。
「さて、明日もがんばるぞっと。なあワッパ、ご飯食って帰ろうぜ。仮設住宅周辺になら、色々とごはんの出店があるんでしょ?そこでなら二人で...ワッパ?」
「あの、みつるさん。」
「何?」
「いや、帰ります。お話しましょう。二人きりで」
「はぁ?...はあ。い、いいけど」
はぁ?キモい!と言おうと思ったのだが、私はそのあまりの真剣な表情に、喉元まで出ていた冗談が引っ込んでしまった。
「誰かに聞かれては困るのです。私の仮設住宅に来てくれませんか?」
「う、うん。いーけど?」
その日わたしは、彼の重大な秘密を知ることとなる。地球万博まで、あと28日。
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