第7話 デーバ
「やあ。遅かったね」
「長官。私を呼び出すとは、どういう風の吹き回しですか」
「わかっておろうに。君ほど優秀な犯罪捜査官はそういない。私が一番良く知っている」
「私はすでに退職済だ。従って、この案件を受ける義務はない。現に私は万博サポーターという立場が」
「はっはっはっ。実に硬い。いつかの君らしいじゃないか。まあ入りたまえ。空気も調整してある」
「...失礼します」
地球、仮説拠点A-7。この星に万博開催を宣告する役割も担った、私の元上官、ダーゼブ。
「ヘッドパーツは脱いでもよいぞ」
「しかし...」
「この星では中々脱げなくて困るだろう。それに、君の素顔を見たくてね。頼まれてくれないか?」
「...わかりました」
生体IDの自動認証システムによって、うなぁーんと開いた扉の先には、長官の業務用の部屋。相も変わらず、一片の隙もなく整理された、硬い空間だ。
「座りなさい」
「失礼します」
こうして、長官と対面するのはここでクビを飛ばされて以来だ。ヘッドパーツの首元のロックを解除し、机に置く。
「だいぶ、面影がなくなってきたね」
「はい。もう、57年(宇宙統一単位基準)ですから」
「時の流れというのは、残酷なものだな。私は未だにあの日のことを忘れられないでいる。すまない。私のせいで、君が...」
「そのことはもういい。掘り起こさなくて結構です」
「そうは言っても。これは、チャンスなんだぞ?まだ勘は鈍っておるまい」
「今の私は先行惑星調査員、兼宇宙万博サポーター、兼宇宙規模配信プロデューサーです。犯罪捜査官としてのわたしは過去のものです」
「デーバが動いていると知ってもか」
「...」
やはりか。
「いいんですか。特殊権限を用いて私を復帰させれば、あなたのイメージが著しく下落してしまう」
「私が特殊権限を用いたことは今まで一度もない。そしてこの一度のためならば、私は長官の椅子を降りてもいいとすら思っている」
「その覚悟一つであなたが席を降りれば、この組織は揺らぐ。それに、わたしは今の仕事だってある」
「部下一人守れなかった私が席を降りて揺らぐほど、貧弱な組織に育てた覚えはない。幸い優秀な者たちは多くいる。この時の為を思い、後身は育ててある」
「しかし」
「君は後悔しているはずだ。デーバの取り締まりは君の悲願だった筈だ。それが叶うかもしれないんだぞ」
「それは事実です。しかし、私がその為に動くことは彼女に...職務上のパートナーに掛けられる時間が減ってしまう。それに、必要以上に彼女に危険が及ぶことは、私が許さない」
その言葉を聞いた長官は目を見開き、それから、にこやかに笑った。
「なるほど。いい仕事を見つけたんですね。いやはや。私の杞憂だったようだ」
そして、窓の外に輝く地球の星を眺めながら、視線を遠くした。
「どうやら、わたしは冷静さを欠いていたようだな。君のおかげで目が覚めた」
それから私の方を振り返った長官は、かつて最前線で犯罪者たちに見せていた、虫を睨む大鳥類のような鋭い目つきに変わっていた。
「デーバの調査、ならびに捕獲は我々で遂行する。君は、君の職務をこなしなさい」
「...了解」
そうだ。これでいい。今の俺にとってはこれが最適解で間違いないのだから。
「あっそうだ。お土産いる?だいぶ向こうの星の甘味があるんだけど。サリュード星の」
長官、軽いモードになった。さっきの目が一瞬で消滅している。この人の掴みどころのない二面性...いや、三面性には、中々ついて行きづらいところがある。
「いただきます。こうして話すのは久々でしたが、楽しかったです」
「うん。では、また会おう」
「失礼しました。」
うなぁーんと閉じる扉を背に、私はセキュリティをくぐり抜けていく。
「...おや」
「あっ」
「ワッパ!?なぜお前がこんな所にいる!?」
「まさか月面のみならず地球でも君と顔を合わせる時が来るとは思わなかった。君も長官に会いに行くのかい?ナーゴ・バロン」
「お前はこの場を追われた人間のはずだろう。何故ここにいる?」
「私にも守秘義務があるのでね。なにも言えない」
「いい気になるなよ。長官と繋がりがある人間だからと言って、僕は君を認めたわけじゃない」
「月面での職務中の君とは大層違うね。」
「あたり前だ。あの時はあの時、今は今だ。僕たちは今、大役を任されているんだ。だから...」
「デーバか」
「....!!!何の話だ」
「ふふ、流石。漏らさないな。安心してくれ。俺はその件には関わるつもりはない。家でゆっくり、」
俺は冗談っぽくお土産を揺らし、
「菓子でも食うさ」
そう言って、すれ違いざまに後ろのバロンに手を振る。
「はっ。気を付けて帰れよ」
そんな捨て台詞を聴きながら、俺は長い廊下を歩いた。夜はすっかりふけて、この星の12時を回る。ふと気になって手元の携帯端末を開くと、七波フレアの配信は終わりを迎えようとしていた。
「それじゃあ今日はこれでおしまい!おつなな!!」
俺は指を動かし、おつなな!と打とうとして、そしてやめた。
「...フレアにも、暫く投げ銭できてないな」
そして、その一日は終わる。この時点を以って、地球万博まで残すところあと、29日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます