第5話 運命

そして、時は翌朝。

「月に仮設拠点を設置、か。まさか、そんな事まで起きていたとはね」

私はいつしかぶりに、時事を追っていた。疑念に満ちていた私の脳内の諸々が、次々と疑いようもない確かな情報てあるのだという風に認識が変わっていく。眠っていた脳神経の奥底をつつかれるような感覚を受けながら、これまたいつしかぶりに、私は寝ずに過ごした。そして宇宙相談局というところがトラブル相談を受け持っているとの情報を得た頃には、すっかり日が昇ってしまっていた。私は、私と同じで寝ずに震えてばかりいた宇宙人の子供に声を掛ける。

「宇宙相談局?とやらに連絡を入れておいたから、すぐに迎えがくる。それまでそこにあるもの、好きなだけ食べなさい」

しかし、驚いた。知らないうちに世間では、本当に宇宙人が来ていたらしい。私も目を疑ったが、ネットにも多くの書きこみが後をたたなくなっている。それだけならば普段の私は笑い飛ばしていただろうが、自分の目にもこうして真実が映っているのだから、もう驚きとしか言いようがない。精巧なロボットでも着ぐるみでもないのは、私にも一目瞭然だった。しかし、与えた食べ物を一つも食べていないとは。だがその理由を探る術すら、私には無い。

「×××××」

宇宙人のこどもは、なにやら言葉をしゃべった。感謝か、あるいは想像もつかない別のことなのかもしれない。ひとまず私も自室で朝食を食べることにした。いつも通り、宅配で定期的に届く弁当を暖め、それを待つ間に軽く本を読む。長年続けてきた私のルーチンだ。昨日の夜から読んでいたミステリがひとつの佳境を迎えていて、まさに犯人を追い詰めるクライマックス。探偵が次からづきに口にする真実にそこそこ驚かされていたその時、電子レンジから暖め終了のお知らせが届いた、そんな時。音楽室から、ピアノの音が聴こえてきた。普段なら機材の故障かなにかを疑うところだが、今は確実にこうだろうなという想像ができる。私は弁当を取り出すことを忘れ、音楽室へと向かった。

「こら、それを触るんじゃない。せめて爪を切ってから...」

私がやめさせようと迫ると、緑色の宇宙人は黄色い目を大きく開いて、うなだれた。怯えているのだろうか?

「...、すまない。続けていいよ。それは、もう古いピアノなんだ、調律もしていないが...」

私が譲歩して引き下がると、宇宙人は目を輝かせる。

「楽しい、のか?」

そうすると宇宙人のこどもはフルフルと首を横にふって、また弾きはじめた。おそらく肯定の意味なのだろうが、首を横に振るとは驚いた。これが、文化の違いというやつなのだろうか?

「彼には、腕が三本ある。複雑な旋律だって、弾き放題じゃないか...いやいや、何を考えているのだろう、私は」

ピンポーン。玄関の呼び鈴がなる。私が宇宙局に指定していた時刻よりは少々はやい。これはわかっていた来客だが、それにしても昨日今日と千客万来。こんなことは、一体何年ぶりだろうか。

「ちーっす、宇宙局のラッピツっす。鎌田俊彰さんのお宅で、間違いないっすか?」

若く、軽そうな男の声。しかし本当に若いのかどうか、私には判断がつかない。

「ああ、はいはい、今出ます。少々お待ちを」

私は階段を下りて、玄関に出る。そこには先ほどの宇宙人と同じようなみどりの体表の細身の宇宙人がたっていて、私が出迎えると片目でウインクを返してきた。

「拾ったっていうこども、どこっすか?」

「ああ、こちらです」

私は彼を二回の部屋に案内した。今来たラッピツという言いにくい名前の宇宙人、トカゲの擬人化のようだ。からだの後ろに長い尻尾が延びていて、からだがまっすぐではなくやや前傾している。夏だからなのだろうか、非常に軽い装備でやってきている。

「宇宙服などは着なくても、よいのですか?」

「その点、問題ないっす。自分とこの星はここと大気の組成がよく似てるんで。ちょっと暑すぎるのがたまに傷ってやつですけどね」

なるほど、そういうこともあるか。宇宙局の男は案内されるがまま部屋に入り、ビクビクする子供にもウインクをした。こどもはまた目を丸くして驚き、先ほどまで弾いていたピアノをやめて身を縮めた。

「なるほど、翻訳装置を持ってない、と」

「翻訳装置?何の話ですか」

「今時、自動翻訳装置を持ってない連邦人は珍しいっす。ちょっと失礼して...×××××。###、××?」

トカゲ宇宙人のラッピツは優しげな口調で意味のわからない言語を口走る。こどもは口をつぐんでいたが、ラッピツが根気よく言葉を重ねるとこどもはフルフルと首を『縦』にふった。するとラッピツは鞄から金属片を取り出し、いやがるこどもの耳に取り付ける。

「ふう。これで、全員で会話できるっすね。ああ、おじさんもつけてもらっていいすか?俺も日本語で話すの大変なんで」

「ええ、わかりました」

しかし軽薄に見えたこの男、なかなかのやり手だ。新言語のはずの日本語やこの子供の言語を知っていて、交渉もできるとは。私には到底できない芸当だろう。

「ふう。さてと、鎌田さん。この子供ですがねえ、今の地球に翻訳装置もなくこんなぼろ切れを纏っているとなると、本来可能性はいろいろあるといったところっすね。鎌田さんに宇宙局に送ってもらったデータから色々推定したんですが、この子の身分を証明可能なものが現状、無いんすよ。捨て子か、みなしごか。あるいは戦争を逃れてきたのかもしれないっす。普通ならそういうケースが多いんすよ」

「...」

翻訳装置をつけたというのに、この子は怯えてなにも話さない。

「ただ、今回はおそらくそうじゃないっす。宇宙連邦に登録されていない惑星への接近は、重罪中の重罪、それこそ一発で存在を消されるっす。つい一昨日まで連邦未登録のこの星に、子供の未来を託す可能性は、まあぶっちゃけ低いっすね」

「となると...この子はどこから来たのでしょうか」

「この怯えかた。服装。翻訳装置なし。そして地球にこの子一人。多分俺の推理は当たるっすよ?多分、違法奴隷船のやつらと関係してるっす」

「い、違法奴隷船!?」

その言葉を聞いたこどもの肩が、よりいっそうきゅっと縮まった。目を一杯に見開いて、いまにも泣きそうになっている。

「奴等は連邦の発見を恐れて違法な航路を通ることが多くあるんす。多分、地球の近くを通った時に何かしらのトラブルがあって地球に停泊せざるを得なくなったんすよ。その時何かの手違いでこの子が脱出したんでしょう。この子は翻訳装置をつけてないし、左右に二本ずつ、合計四本あるはずの手が一本欠けてるっす。事情はわからないっすが、何か、あまり踏み込めないような事情があるのは間違い無しっすね」

ラッピツは悲しげな表情こそ浮かべたが、さらさらと話を進める。この仕事をするにあたってきっと、何度もこんなことを経験してきたのだろう。

「な、なるほど...」

「そうなると、この子をここにおいておくことはできないっすよ。安全を確保して、違法奴隷船を叩くのが最優先っすかね。やつら、この子から足がつくのを嫌がって回収しに来るはずっすよ。だから自分がこの子を連れて帰るっす」

なるほど、それなら安心だろう。とにかく、解決法が見つかって良かった。だが、私にはひとつ気掛かりがあった。隣で子供がずっと、ラッピツの方を向いて目を見開いている。彼の体全体から、恐怖による乱れたリズムを感じるのだ。どうにもおかしい。

「てなわけで、あとはこちらに任せるっす!正式な書類なんかは、後で事務所で」

このラッピツ、どうも怪しい。その前提で話を掘り返すと、先ほどの奴隷船の推理もやけに具体性が高いような気がしていた。

「さあ、はやく」

ここは一世一代の賭け!

「あ、あの!私にこの子を引き取らせるというのはどうですか!」

「お、おじさん!?急に何を言ってるんですか。連邦で預かった方が安全...」

「こ、この子はどのみち身寄りが無いのでしょう!ならば、誰も来ないようなこの場所で私がしばらく預かった方がいい!いや、今そう決めた!」

「な、何を言ってるんですか!我々で預かります!」

「いや、私が!」

「いやいや俺が!」

「私が!」

「俺が!」

「「どうぞどうぞ」」

「って、ちがーう!」

その様子をまるで意味がわからないといった目で子供は見つめていたが、

「...仕方ありませんね。ここは一旦引き下がりましょう。はやいうちに結論を決めてくださいね。できれば、我々に預けてください」

そして、トカゲ宇宙人は去っていった。その直後。

「こんにちはー。宇宙連邦のザックです!地球万博のことで用事があってきましたぁー」

今度は、鳥類のような顔立ちの宇宙人が来た。なんだ、今日は次から次に?

「トシアキ様のお宅でお間違い無いですか?」

白い凛とした顔立ちに、地球でもよく見るような、セーターのようなものを着込んでいる。その袖口からは人の手のようなもの。

「君、ラッピツという男に心当たりは?宇宙連邦に、連絡をいれて来てもらったのだが」

「おやぁ。なるほどなるほど...待っててくださいね、今、データを照合します」

そう言って顎に手を当てた彼は、慣れた手つきで空中に浮かべたディスプレイを弄り、頭を掻いたり、また顎に手を当てたりして、しばし考え事をしていたようだが、すぐそれをやめてこちらに向き直った。

「あなたのところの連絡先から地球の管轄に連絡が行ったという話はないですねぇ。あ、ちょっとその、連絡に使ったページ、見せていただいても?」

「え、えぇ。まぁ...」

すると今度は、私が使っていた携帯端末に手を触れる。

「失礼。ふんふん。ほーー...」

鳥人は顎に手を当て、頭を掻き、それからうんうん、と頷いて、そしてこちらに向き直った。

「あ、なるほど。こら詐欺ですね」

「詐欺!?」

「粗悪ですねー。全く、連邦登録初期はこんなやからが多すぎるんですよ。その翻訳機もちょっとお貸しになって」

すると今度は、怯える宇宙人の子供に何か言い、目線の下げるようにしゃがんだ後、その子の翻訳機を自力でその子に取らせ、 受け取った。そして、その翻訳機に向かって、先ほどまでのふわふわとしたトーンとは同一人物とは思えないほど冷たい声で話しかけた。

「聴こえてるんでしょ?どこのだれだか知らないけど。宇宙連邦に逆らってタダで済むと思わない方がいいよ」

そう言ってザックは、金属片を指で押し潰して始末した。

「...ほら見て。この端末形状。盗聴機だよ」

「盗聴器!!??」

やはり。私の勘は当たっていたのか。

「ははあ。奴ら、だいぶ焦ってるなあ?手口がおざなりにも程がある。多分、そういう便利屋を装って、この子を探していたんでしょうね。

こういうことは完璧には防ぎようが無いんすよね~。申し訳ない。お任せください、奴らは我々で一網打尽にしてやりますよ」

「我々?」

「そう。宇宙連邦です。マ、私はそこから派遣されてる感じです。我々宇宙連邦も忙しいのに、この時期は新しい星の連邦登録に漬け込んで一儲けしてやろうとする有象無象との闘いの時期なんですよ。」

最早、黙って話を聞くしかない私は今まで与えられた情報を必死に整理しながら食いついた。その様子を鳥人...ザックとか言ったか...は、ちらりと見て、一呼吸置いてから話し始める。

「おそらくそいつは奴隷船のクルーかなんかで、不手際の始末を押し付けられたんでしょうね。」

「し、失礼ながらあなたも、そういう怪しいやつらじゃあないでしょうね?」

「疑うなら、いくらでも。僕は正式に連邦の出ですよ。私、こういうものです」

なんと。カードが空中から。鳥人が指でそのカードを弾くと、そのデータが、携帯端末の中にするりと入ってきた。

「不安だと申したいのならば、地球各国の政府が運用するデータといくらでも照合していただいて構いません。少なくとも地球と公式に接している我々の中に、不審なものはおりません。誓って」

「...やはり、不安です。もはや何を信じたらよいのやら」

「お気持ちはわかります。あなたからみれば我々だって、不審人物となんらかわりないですからね。そうですねえ...では、その子はそちらで預かっていていいですよ。我々は、陰ながら護衛します。違法奴隷船を叩くことができれば我々としても完璧だ。どこかに停泊している可能性もありますからね」

「停泊している?」

「ここでその子を落としたのなら、回収のために躍起になって、周辺の宇宙空間か...あるいは地球のどこかに停泊していることでしょうね。それでは翻訳機をあげましょう。ちゃんとしたやつです。あっ、もちろん、あなた方の動向はチェックしたいので位置情報記録装置が内蔵されてますが、個人情報は保護します。誓って」

「まあ、仕方ないですね。こればかりは」

「...」

宇宙人の子供は怯えた顔で、こちらを見てくる。

「とんでもないことになったなぁ」

私はそう言って、ため息をついた。

「と、ところであなたは何のためにここに?」

「ああ、そうでした。あなたをお守りすることも、私の仕事の一つなので」

「どういう、ことでしょうか...?」

すると、ザックという宇宙人は手を胸に当て、深々とお辞儀をしてからこう言った。

「改めまして、私はザック。あなたを、地球万博のテーマソング製作者として認定し、あなたに協力します」

目まぐるしい、朝の出来事。目の前の彼が言うことを、私は必死に咀嚼した。

「私に仕事の依頼ですか。残念ですがもう、仕事は受けないようにしていて」

「いいえ。あなたに断る権限はない。地球万博のテーマの作曲、お願いできますね」

「全く、無理を言う。...あの」

「なんでしょう」

「この子の世話を任せて、私は寝てもいいでしょうか?」

「いいですよ。」

わたしは名刺を見るついでに、時刻を見た。

「もう、朝の10時だったのか」

そうして、私の慌ただしい日常は終わりを迎える。そして。

「やれやれ。疲れて寝てますね。...まあ、仕方のないことでしょう」

むにゅー、と盛り上がったベッドの上で爆睡している星振をちらりと見たワッパは、地球の仮着陸許可済み施設を目指して、宇宙を航空していた。そこに入る、一本の連絡。

「もしもし。ワッパか?」

その瞬間、ワッパの表情が厳しいものへと変化する。

「なぜ急に、私に連絡を入れた。俺は今別の業務で...」

「地球周辺で、『奴ら』が動き出した。君にも協力を仰ぎたい」

「私にその義理はない」

「君になくても、こちらにはある。付き合いたまえ」

「待て。まだ承諾した訳では!!」

プツリ。連絡は、一方的に途絶える。

「やれやれ。彼らは遠慮というモノを知らないのか」

ワッパが鋭い目で睨む視線の先には、前方を映すディスプレイいっぱいの、地球。

「これもまた、運命か」

そう、ワッパはつぶやいて、帽子を脱いだ。

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