第3話 流れ星
「ほんとにノリで終わった...」
検査会場を後にした私はうなぁーんと閉じるカベを背に、そこらの柱にもたれかかって私を待っていたワッパのもとに合流した。
「言ったでしょう?別に懇切丁寧な説明は必要ない。私がそう判断しましたので」
「それにしたって、もう少し気遣いはあってもいいと私は思うがね?」
「では、宇宙船に帰りましょうか。今、地球時間は10時なので、夜にはご自宅に帰れます。今日のところは、これで終了です。お疲れ様でした」
そう言って、検査の疲労でグダグダになっている私を差し置き、ワッパはさっさと歩いていく。
「まっ、待って」
そんな私の言葉を少しは気に留めたのか、ワッパは一瞬歩みを止めた。が、さして間を置かないうちに、すぐ歩き出す。
「くそう、気遣い無用宇宙人め...ワッパ。あんたと違って、各検査会場の人達はみんな親切だった...ん?」
私が直球ストレートに悪口をぶつけているのを気にする様子もなく、ワッパは歩きながら空中に浮かぶ弁当箱の蓋ほどのサイズのディスプレイに表示された文字列を見ていた。
「ほうほう。なるほどなるほど」
「お前、何見てんだ?」
「検査結果。あなたの」
「早ぇ、宇宙すげえ。ってなると思ったか変態宇宙人コノヤロー!私のプライベート覗くな、そのデータ渡せ!」
「そう言われましても。我々、少なくとも一ヶ月はパートナーですよ?検査結果の把握は私の業務です」
「少なくとも、って、どういうこと」
「そりゃ、文字通り。この仕事が、つまり、あなたの宇宙に対するプロモーションが上手く行けば、今後たくさん仕事が来る筈。だから...」
「そうなったら今後もお前と一緒、ってこと!?」
「ええ」
「ええ。じゃないわ!私は断固反対」
「いいんですか?せっかく、貴女の才能を伸ばせる場ですよ。少なくとも、配信をしている時のあなたからは、他の追随を許さないレベルの才能を感じさせられた。そして、その経験に基づいた技能は宇宙にだって通用します」
私は、彼が自分を褒めたことを認識した。途端に、私の脳内には色々な記憶がフラッシュバックした。褒められる。それは、とても気持ちのいい行為のはず。なのに、私は、私の肩がものすごい勢いで縮こまっていくのを感じた。
「あの」
「なんだよ」
立ち止まったワッパが、こちらを振り返る。無意識に下を向いていたらしかった私は、その背中に急接近していた。
「不快な事を申し上げたのなら、撤回させてください。申し訳ありません」
私と距離を取り、全身をこちらに向けた彼は、深々とお辞儀をした。
「い...いいよ、別に。ただ、もう配信業の話するの、やめてくれないかな」
「しかし。あなたがこれからやる事は、身も蓋もない話ですが配信ですよ?そういうわけにも行きません」
「私は、夢を途中で諦めた半端な人間なんだ。それがどうして、私なんだ?他にも優秀な配信者なんていくらでもいる。あんたたちにとって片田舎の惑星である地球ですらそうなんだぞ?代わりなんてどこにだっているだろ。それなのに」
私は、柄にもなく早口でまくしたてた。その、自己嫌悪に満ちた台詞を一つ吐くごとに、自分の心がキュッと閉まっていくのを感じていたが、そんな言葉はとめどなく溢れた。
「結局私には無理だったんだ。誰かを笑顔にしたいとか、エンタメで楽しませたいとか、上辺ばかりの自分を越えたくて、オーディション受けて、レッスンだってやって。実際に夢見た舞台に立ち上がって、それでも、諦めるしかなかったんだ。今はそうやって得たお金を惰性で使いながら死に向かってるだけ。だから...」
「しっ」
ワッパがしゃがんで、口元に手を当てる。下を向いていた私の視界に、犬の顔。
「こっちを見て」
ワッパが口元に当てていた右手を、そのまま、斜め上に伸ばす。
「空、綺麗ですよ」
そこには、満天の星空。そして。
「あっ!!」
「流れ星。タイミング、良かったですね」
星が流れては消えて、消えてもまた、どこかから産まれて輝く。
「綺麗、だね」
わたしは、最初は素直にそう思った。けど。
「産まれては消えていく、輝き、か...」
その様が、まるで自分の人生のことを言われているようで、完全にいい気分にはなれなかった。
「あのねワッパ。私...ひゃっ!!!」
一つ、きつく言ってやろう。そう思った私のほっぺたに、缶ジュースがひっついていた。
「何すんの!?」
「オレンジジュースです。買いました。喉、乾いたでしょう」
「あ。これ、わたしの好きなやつだ。...お前まさか」
「配信のアーカイブ、みてますからね」
「うわ、こいつキモい」
「まあ、そう言わず。僕も飲みます」
そう言うと彼は、首筋にあるコックのようなものを操作して、近くに開缶したりんごの缶ジュースを持ってきた。すると、そこからうなぁーんとチューブが伸びて、中のジュースに突き刺さる。
「地球の飲み物も、中々おいしいです。似たような植生の果実を使用したジュースが、僕の母星にもありました」
よく見ると、金魚鉢のような宇宙服の帽子の下で、ストローのようなものからワッパがジュースを吸っている。
「そのさ、うにゅーん...って感じの素材、めちゃくちゃ便利なんだね」
「宇宙ではごく一般的です。こういうジュースも、この軟質素材でできたものの中に入っているんですよ?それこそ、金属の缶に入れた飲み物なんて、僕は久々でしたね。逆に新鮮です」
「ああ、そーなの」
「そーなの。とは、これまた淡白というか。その...機嫌、損ねました?」
「損ねまくりに決まっとろうが。はっきり言っとくけど、あんたのせいだからね」
「そうですか。以後気をつけます」
「ほんとかよ」
あっ。
「あれ...?」
「どうなさいました?」
「私、笑ってる?」
「ええ。そうですね、ちょっと笑ってます」
「なんか、ムカつく」
「何がです?」
「そういうところがだよ」
私は、不本意な事に笑っていた。思えば、こうして誰かと一対一で話すのも、久々だ。
「あーあ。こんな風になるんなら、変態連れ去り宇宙人じゃなくて別の人と話したかったな」
「何か失礼極まりない単語が聴こえたような」
「何でもない」
「なんでもないなんてことないでしょう!」
あれ、こいつ怒ってる?淡々としてると思ってたけど、案外メッキが剥がれるの、早いな。私は、面白がってたたみかけた。
「うるせえ。夏休みの宿題やらないタイプのくせに」
「言いがかりです。そもそも夏休みというのはこの星やその他文化圏に固有の...」
「やっぱりやらないんだ」
「それとこれとは関係ないでしょ!」
「ある」
ワッパはつとめて冷静にしようとしているのだろうが、表情の変化がわかりやす過ぎる。露骨に悔しがっているようでちょっと面白い。
「あっ、ほら!空見てください、流れ星第二群ですよ!お祈りしましょうよ、あの、どうぶつのゲームみたいに」
「どんだけ私の配信見てるんだよ、キモ!」
私は即刻手を合わせ、はっきりと口を動かして祈る。
「1ヶ月後には、コイツと別れていますように」
「ええー。配信でやってたみたいにもっとこう、綺麗なお願いしないんですか」
「うるせぇ、あの頃の私はだな...」
少し、ほんのわずか打ち解けた二人が夜空を見上げながら喋っていた、同じ時。
「私に仕事の依頼ですか。残念ですがもう、仕事は受けないようにしていて」
「いいえ。あなたに断る権限はない。地球万博のテーマの作曲、お願いできますね」
そんな会話が、とある一軒家で行われていることを彼らはまだ知らない。
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