018 変わりゆく仕立て屋さん

 目覚めると、身体が重くて怠かった。

 身体の頑丈さだけは、かなり自信があったのだが、こんな事は初めてだ。


 左腕が痺れているのはいつも通りなのだが、最近は耐性が付いてきたのか、それとも鍛えられてきたのか、徐々に症状が軽くなっている気がする。

 これまたいつも通り、腕の代わりに彼女メイプルの枕を挿し込む。もう、手慣れたもので、目をつぶっていても、寝ぼけていてもやれる自信がある。

 その拍子に身体が傾いたのだが、その時、ズルリと何かが身体から滑り落ちた。


 何だ? ……と思いつつ、視線を下に向けると、毛布がもぞもぞ動いており、身体にもその感覚が伝わってくる。

 まさかと思い、毛布をめくると……

 身体の上で、シアが幸せそうに眠っていた。

 一瞬だが、お化けや怪物の類を想像して恐怖したが、違ってホッと安心した。


 ……いや、この状況はマズイだろう。

 そう思いながら視線を巡らす。


「……ヒッ!!」


 真顔のサンディーと目が合い、思わず息を止め、身体を硬直させる。

 お化け以上の恐怖を感じながら弁明しようとするが、それをサンディーは小さく首を振り、静かにするようにと合図を送ってきた。


 シアをメイプルの横に寝かせ、そっとベッドから抜け出す。

 違和感を感じたのかもぞもぞと動いていたシアだが、メイプルに触れると身体を寄せ、ギュッと服を握って再び安らかな寝息を立て始めた。

 それを見て、少しホッとしながら炊事場のほうへと向かう。

 

 その途中、折れたクワの柄が目に入る。

 折れた部分は、当たっても怪我をしないように滑らかにしてある。

 シアを召喚したモノだけに捨てる気にはなれず、サンディーにお願いして杖っぽく加工してもらったのだ。

 その横には、本物の杖も並んでいる。


 幸い、クワの先も無事に回収され、新たな柄を得て生まれ変わっている最中だ。

 シアの活躍を知った職人が、村からのお礼だからと、丈夫で軽くて長持ちする最高の木材で作ってくれるらしく、もうしばらくかかるらしい。

 その活躍も、飛び掛かったシアが、偶然灰黒猪キングボアの急所か何かに当たって倒せた……ということになってたりするが。

 

 畑のほうは収穫が終わるまで耕す予定はないので、クワの出番もない。

 今は苗の成長を見守りつつ、雑草や虫を取り除き、鳥や獣に荒らされないよう、メイプルの指示に従って作業をするだけだ。


 炊事場からさらに奥へと進むと厠がある。

 手早く小用を済ませて手と顔を洗う。

 そこへ、少し遅れてサンディーがやってきた。

 俺が目覚めたら、勝手にシアが乗ってきていたんだ……と弁明しようと思ったが、別に気にしている様子はない。

 俺の内面──精神世界アストラルに感じる存在サンディーの様子を探るが、特に嫌な感情は伝わってこない。至って普通だ。


「そうだ、サンディー。今日、シアの服とか買いに行くんだけど、一緒に来てくれるか?」

「もちろん。じゃあ、お兄ちゃん、メイプルも連れてみんなで行きましょう。……少し相談したい事もあるので」


 いつも通りの反応だ……思った矢先、最後に不穏な言葉が付け足された。


「相談? ……今じゃダメなのか?」

「たぶん、実際に見てもらったほうが早いと思うから。それにマーリーさんも一緒の方がいいかなって」


 ますます不穏だが、それ以上ここで話すつもりはないようで、朝食の準備を始めている。

 仕方なく、俺は裏口から出て、薪運びや水汲みを済ませる。

 さすがに人数が増えたので、薪を買い足しておいたほうがいいかも知れない。どうせ冬前の大量に用意するが、それまでに使い切ってしまいそうだ。

 水瓶も満杯にしておいても一日持つかどうか。

 メイプルやサンディーが家具の配置などを工夫をしてくれているが、もともと一人暮らしで誰かと一緒に住む予定はなかったので、これほど人数となるとさすがに手狭に感じる。

 とはいえ、家を建てるお金もなければ、引っ越す余裕もない。


 ウィル爺さんのためにも、できれば農業だけで食っていけるように頑張りたかったが、そろそろまた、木こりや狩人の仕事をしたほうがいいな……と心の中で呟いた。




 朝食を食べながらというのは行儀が悪いが、一日が始まる前に決めておくべき事があった。


 買い物に行くのなら、シアのことも説明しなければならないだろう。

 それに備えて、みんなで話を合わせておく必要がある。

 見た目は十歳を少し超えたぐらいだが、言動は幼い。とはいえ今後も戦ってもらうことを考えたら、あまり幼い年齢にするのもどうかと思う。

 とはいえ、メイプルより年上ってことは無理があるので、その二歳下、十二歳ということにする。

 状況的に、サンディーを追いかけてやってきたという理由が良さそうだが……

 こんな小さな子が一人で……と思わないでもないが、灰黒猪キングボアの件で、シアは無茶なことをする子供だと思われているだろうし、それに、なんとなくシアならやりかねないという雰囲気がある。

 積極的に噂を広めるつもりはないが、どうしても答えなければならない状況になったら、そう答えようと話を合わせる。

 それにフェルミンさんも同意してくれた。

 

 早朝の日課、畑の手入れを済ませ、三人の妹を連れて仕立て屋へとやってきた。

 まず驚いたのは、マーリーさんが見違えるほど輝いていたことだ。

 王都でも見た事がないデザインの服で、ふんだんに刺繍が入ったひらひらした姿は、可愛い大人といった雰囲気で、マーリーさんにすごく似合っていた。


 店の内装も変わっていて、以前とは別の店かと思うほどだった。

 飾り付けや配置はもちろんだが、売っている物もかなり増えている。

 特に、手軽な値段で買えるアクセサリーなどの小物類だけで、三分の一ほどを占めていた。

 服のほうも、以前は用途別、男女別ぐらいの種類しかなかったが、さらに子供用、若者用、一般用と分かれ、デザインもその年代が好みそうなものに合わせられている。

 もちろん、お客の要望に合わせて仕立て直すのが本業なので、そちらもしっかりとやっていきたいけど、納品に数日頂いたり料金もかかるので、買ってすぐに使える服が欲しいというお客様の要望にも今後は応えていきたい……とマーリーさんは語った。

 その為に、店員やお針子さんも増員していて、サンディーもその中のひとりという事になっている。

 

「じゃあ、その間に、俺は他に必要な物を買ってくるよ」

「あっ、待ってください、お兄さま。すぐに終わりますので、シアちゃんも一緒に連れて行ってあげてください」

「えっ? すぐに?」

 

 仕立て直しの方法も以前とは違って、格段に効率的になっていた。

 さすがに今すぐできるわけではないが、先にシアの採寸をして、それを元にしてサイズを合わせていくらしい。

 これまでは、大まかなサイズは測っていたものの、細かな部分はマーリーさんの目分量や勘で行われていたので、本人が目の前にいたほうが効率的だったが……

 この方法だと、採寸さえしっかりと済ませておけば、いつでも作業ができる。

 ……そう、メイプルから説明を受けた。

 

 聞けば聞くほど、こんな辺境の田舎でそこまでする必要があるのかと思うが、それで店が繁盛しているのなら、たぶんそれが正解なのだろう。

 もしかしたらメイプルの才能は、農業ではなく、こういう分野でこそ活かせるのかも知れない。

 

「ハル兄、お待たせ」

「おっ、シア……って、それ、どうしたんだ?」

 

 服は相変わらずメイプルの借り物だが、空色の髪を結い上げ、花の髪飾りで留められていた。さらに、腕や足にリボンが結ばれ、手首にも花の飾りが付いている。

 それだけなのに、サイズの合ってない服も浮世離れした雰囲気に変わり、シアの言動も相まって神秘性を増したかのように思える。

 簡単に言えば……

 

「本当に妖精さんみたいだ。すっごく似合ってるぞ」

「うん、ハル兄、ありがと」

 

 マーリーさんの見立てなのだろう。さすがとしか言いようがない。

 そこへ、その本人マーリーさんがやってきた。

 

「じゃあ、ハルキ、宣伝をよろしくね」

「え? 宣伝?」

「ええ、そうよ。店の商品を付けたシアちゃんが、人の多い場所に居てくれるだけで、いい宣伝になると思うの。ハルキは特別なことはしなくていいけど、もし、服や飾りが乱れたら直してあげて」

「それぐらいなら、するけど……」

「あっそれと、もしどこで売ってるのかって聞かれたら、私の店のことを紹介しておいてね」

「わかった、わかった」

 

 もともと職人気質な人だったが、さらに商売人としても逞しくなっているようだ。

 仕立て屋の成功は、メイプルとサンディーの成果と言える。なので、嬉しい反面、マーリーさんが変な風に変わったりしないか心配になる。

 終始ご機嫌なマーリーさんに見送られながら、シアを連れて店を出た。

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