019 この湧き上がる力は……

 そこに居るだけで宣伝になる。

 ……なるほど、その意味が少しだけ分かった気がする。


 灰黒猪キングボアを倒した子供の噂は、かなり広がっているようで……


「この子があの……。いやー信じられないけど、どうやって倒したんだ?」


 なんてことを聞かれたりもしたけど、そんな事に関係なく、シアの容姿はその場の視線を独り占めしていた。

 もちろん、マーリーさんの装飾技術コーディネートによるところも大きいだろうが、こうまで注目されると隣で歩くだけでも落ち着かない。

 あまり騒ぎになっても困るので、できるだけ急いで……だが、シアに使いやすいものを選んでもらって、食器類を買い揃えた。

 枕や毛布は……使ってくれるのか分からないが、たぶん必要だろう。

 他には……

 

 やはりこの村は、いい人ばかりだと再確認できた。

 恐れていた騒ぎは起きず、それどころか、値引きをしてもらったり、おまけをもらったりで、すごく助かった。

 さすがに、無料タダでいいから好きなだけ持って行ってくれ……などと言われた時には驚いたが、常識の範囲内でありがたく頂いた。

 もちろん、全てシアのおかげだ。

 

 やはり、使う本人が同行すると、買い物が早くて助かる。

 仕立て屋の宣伝も十分できたし、少し早いが店に戻ることにした。

 

 その道中、なにやら怒鳴り声と派手な物音が聞こえてきた。

 まさか、この村で?! ……と思いつつ、騒動の現場に近付く。

 だが、その行く手を阻まれた。

 

「やめときぃよ。ヒュメラん者さね。下手ん関わんと争いが起こるで」

「あれ、シーズさんとこの山菜屋だよな……。何があったんですか?」

「いや、なんも。値段が高けえってイチャモン付けとるだけさね」

 

 三人組のようで、被害はこの店だけではないらしい。

 既に何件か荒らされており、放っておけばさらに被害が広がるだろう。

 なぜ、このような人物を村の中へ入れたのか、門番は何をしていたのかと言いたくなるが、向こうの村長の命令で交渉に来たと言い張っているらしく、手出しができないらしい。

 いや、たとえそうでも、好き勝手していい理由にはならない……とは思うのだが、周りは諦めムードだ。

 

 

 

 山を下ったところにヒュメラ村があった。

 このウラウ村に一番近い村で、どちらもディッケス地方の領主が治める村だ。

 昔はどちらも貧しく、助け合って生きてきたのだが、苦難の時代が過ぎてからは互いに疎遠になり、先代の領主の頃に決定的なことが起こって不仲になった。


 このウラウ村から少し下ったところに、長らく放置されている山間湿地帯があった。

 地理的にも歴史的にもウラウ村の土地だが、巨大毒蛇ヒュンデイルの生息地になってからは、立ち入りが制限されている。

 それを、当時のヒュメラ村の村長が、巨大毒蛇ヒュンデイルを討伐する見返りとして湿地帯が欲しいと申し出た。だが認められず、猛反発したらしい。

 その結果、村同士の信頼関係は完全に失われ、敵対──ヒュメラ村が一方的にウラウ村を敵対視しているだけだが──するようになった。

 

 ヒュメラ村は、その後、村長が代替わりしたが、それでも未だに領主への働きかけを続けているらしい。


「キャッ!」

 

 店の奥さんが商品を投げつけられて悲鳴を上げる。

 それを見て、もう我慢の限界だったのだろう、息子エリクが無法者たちを睨みつける。


「母ちゃんに、何しやがんだ!」

「なんだガキ、俺たちに逆らおうってのか。いい根性だ。こりゃ、村同士で戦争が始まっちまうな」


 ガハハと笑っている大男は用心棒なのだろう。

 年上の男が交渉人で、一番若い男がチンピラってところか……

 

 無謀にも山菜屋の息子エリクは、大男に向かっていく。

 大男はわざと殴らせたのだろう。腹に受けたパンチに揺るぎもせず、ニヤリと笑うと、息子エリクの首を握るようにして持ち上げる。

 息が出来ずに苦しそうにもがく姿を見て、大男は大声で笑い始めた。

 

「まずい。早く助けないと。何か武器になりそうなものは……」

「ハル兄、これ使って」

 

 シアが差し出したのは、とても立派な両手剣だった。だが……

 

「いや、殺すのはだめだ。なんとか生きたまま捕えないと」

「じゃあ、これ」

 

 シアの手の中にあった剣が、木剣に変わる。

 確かに、これなら滅多なことは起きないだろう。もっとも、俺の剣技が通用し、当たり所が悪く無ければ……だが。

 近くの人に荷物を預け、シアから木剣を受け取る。

 

「ハル兄、シアも一緒に戦う」

「それは助かるけど、絶対に相手を殺すなよ」

「任せて」

 

 シアのリボンや花飾りはそのままだが、服だけがあの軽装鎧になった。

 武器も、俺が渡されたのと同じ木剣だ。

 本当に相手が死なないかだけが心配だが、今はそれどころではない。

 


 

 木剣を手に俺は歩みを進めていく。

 どういうわけか、この木剣を手にしてから、身体から力が湧き上がってくるようで、全く恐怖を感じないし、負ける気もしない。

 こういうものは気合が大事だ。できるだけ威勢よく相手を挑発する。

 

「おい、そこのゴロツキども、こんなところで何をしてやがる。さっさとその手を放して、臭くて汚ねぇ巣穴へ帰んな」

 

 何だテメェは? ……と、ねめつけるように見てくる大男は、面白いとばかりに笑うと、息子エリクを投げ捨て、ゆっくりとこちらへと近付いてくる。

 

 不意打ちだった。大男はいきなりこちらへ飛んで、腕を振り下ろしてきた。

 だが、動きが遅い。

 ならばと、俺も木剣を大きく振りかぶり、無防備な男の腹を横薙ぎにした。


「……えっ?」

 

 手ごたえはあったが、思ったよりも随分と軽かった。なのに……

 大男は宙を舞い、頭から地面に落ちて動かなくなった。

 いやまあ、確かに体格差を考えて思いっきり振り抜いたが、俺にそこまでの力はないはずだ。……そう思いながら、自分の手のひらを見つめる。

 

 そんな俺を、みんながポカーンと見つめる中、残る二人をシアが気絶させる。

 

「さすがハル兄、容赦ない」

 

 シアがボソリと呟き……

 そのひと言で事態を理解したのだろう。少し遅れて、驚きと称賛の拍手が沸き起こった。

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